2024年

  • ヌードデッサンを久しぶりに描きました

    熊谷守一美術館主催のデッサン会に参加し、久しぶりにヌードデッサンを描きました。

    ヌードデッサンはセツ・モードセミナーの学生だったころはしょっちゅう描いていました。セツの授業はほぼデッサン、そしてたまに水彩画。それだけでした…というと、物足りないと言いたげ?いえいえ、それらを集中して描くのが勉強になったなぁと今になってしみじみ思ってます。

    で、その「デッサン」はモデルさんが着衣の時は「コスチュームデッサン」、ヌードの時は「ヌードデッサン」の2種あり、コスチュームデッサンのほうが割合として多かったです。

    セツ先生は(って、このブログで思いの外、セツのことを書いてる気がします。やはり自覚してる以上に影響をたくさん受けたんだな)、デッサンの時にたびたび「モデルさんが目の前でポーズをとってくれて、それを描けるってすごく贅沢なんだよ」と言ってましたっけ。なんでも身近にある時はありがたみを感じないものですが、その「贅沢さ」はセツを卒業してから実感しました。学校とかじゃないと、なかなか生身のモデルさんを描く機会って無いんですよね。

    人物を描く仕事に直接役に立つとか云々よりも、見えたままをそのまんま描くという楽しさを味わえたことが、何よりの収穫でした。風景のスケッチと同じで、描く対象、モチーフとがっぷり向き合って遊ぶ感覚になるというか。5分なり10分なり、「集中しなければ!」という状態に追い込まれるのも気持ち良い。

    それにしても、セツ卒業以来…ではないけれど(10年くらい前に、何回か描く機会がありました)ずいぶんブランクがあって描くと、まぁ、思うように描けないポーズもありました。ここにアップするのは比較的、形がとりやすかったポーズですが、シンプルな立ちポーズなんかはかえって難しくて苦労しました。もうちょっと上達したら、ブログにまたアップしたいと思います。

  • 「教養としてのジャズ」のイラストを担当しました

    昨年発売された「ゼロから分かる!知れば知るほど、面白い ジャズ入門」の続編とも言える新刊「教養としてのジャズ」(世界文化社)が発売になりました。今回も、私が表紙と本文のイラストを担当させてもらっています。

    「教養」という言葉が付くと、少し難しく感じてしまうでしょうか?じっさいはそんなことはなく、ジャズの歴史を10年で区切りその時代を象徴する1曲から、影響を与え合ったりつながりがあった曲やミュージシャンがチャートとともに解説されている章があったり、楽器くくりの章があったり、そうそう、他のジャンルへのジャズの影響についての章もあり、興味深いです。笠置シヅ子しかり、美空ひばりしかり、日本の歌謡曲とジャズも切っても切れないですよね。とても理解しやすいようにまとめられています。

    今回もジャズプレイヤーたちのイラストを描きました。前回よりもごつごつした線で、色数をしぼって、シックな雰囲気にしました。

    ジャズって、理解が深まればよりいっそう楽しくなるのは間違いない。私もまだまだジャズファンひよっこですが、これからもついていきます。SpotifyプレイリストへQRコードからとべるのも前回同様、すばらしいです。

    こちらは表紙とまえがきページに添えられているイラスト。自分で気に入っているイラストです。

  • 《お仕事アーカイブ #7》看護師さん専門誌の挿絵

    15年ぶりにインフルエンザにかかりました。15年の間に薬も変わっていて「1回2錠だけ飲めばOK、それで治療終了!」の薬を処方され、「コレだけでいいの?」と驚きました。すごい!(もっとも鎮痛解熱剤も処方されましたが)

    私は風邪ひいただけでも「辛い…」とものすごく気落ちしてしまいます。病気の時って、本当に弱気。誰でもそうですよね。じつは私、数年前に大病を患い2週間ほど入院した経験もあります。風邪の時の近所の病院でも、大病院の入院病棟でも、看護師さんたちには本当に助けられてきました。

    そんな看護師さんたちを描く仕事も、以前よりたびたびご依頼いただいています。「犬を飼ってないのに犬を描いちゃダメだよ」と、ずいぶん前に先輩イラストレーターに冗談混じりに言われたことありましたっけ…と言えども、もちろん、ピンピン元気で病院とは縁遠い時でもこういった仕事もやらせていただいてました。

    *「看護の知」シリーズはこちらからご覧ください→「看護の知」シリーズ単行本

    でも、自分がじっさいに入院を経験して、看護師という仕事の幅広さや大変さを垣間見た後は、やはり描く時の気持ちが変わりました。一言で言えば、看護師さんへの敬愛の気持ちが増しました。病棟の様子なども実感を持って感じられるので、とっつきやすい。いやぁ、何事も経験、病気もまんざら悪くない、ですね(笑)
    看護シリーズは専門書なので、仲良くなった看護師さんたちの顔を思い出しながら「もしかしてこの本を手に取ってくれているかも」と思ったりしました。

    病気のおかげで自分の身にリアルに関わる医療のお金や制度と向き合うことになり、遅ればせながら社会に目を向けるきっかけにもなりました。そして、医療を受ける側、患者さんやそのご家族も明るい気持ちになれるような絵も描いていきたいと思うのです。(ちなみに、私自身は今はすっかり元気になりました。ありがたいことです。)

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    「ちーずのつぶやき」でも、看護師さんラブを吐露していました。本編はこちらからご覧ください→「ちーずのつぶやき・名医の効能」

  • ピアノの音が聞こえる?ー「赤瀬川原平の名画読本」を再読して

    頭の中にいつの間にか住みついた言葉、ってのがあります。美辞麗句とか格言とかじゃないけど、時々ふっと浮き上がってくる。

    当然、絵にまつわる言葉もその中にはあって、そのひとつが「ピアノの音なんてぜんぜん聞こえてこない」というもの。これは赤瀬川原平がルノワールの「ピアノによる少女たち」という絵を解説した一節です。ここでは「名画」と言われるこの絵がけちょんけちょんに評されてます。

    これは20代のころ、出会った本の中で読みました。西洋絵画(おもに近代)の「名画」を取り上げて、それを「自分はこう見てる」と著者の視点で解説していく本だったのですが、これが面白くて面白くて「目からウロコ!」と感動したんですよね。

    この本、たぶん今でも実家のどこかにあると思うのですが、感動したわりには題名も忘れてしまい、ルノアール以外にどんな画家が取り上げられていたか?も、うろ覚えなくらいだったんですが、先日ふと気が向いて「もう一度読みたい」と検索しました。「赤瀬川原平の名画読本」という本でした。(今はこういうの、ちょとした手がかりですぐ分るのがありがたい)

    で、さっそく近くの図書館で借りて読みました。30年ぶりかな?今読んでもすごく面白い、共感します…というか、「この本に多くのことを教えてもらったんだな」と感無量でした。表面的には忘れてしまったことが多いけど、すごく影響を受けていたんだなと。若くて暗中模索だった私には沁み入るような言葉の数々だったんだろうと思います。

    ルノアールに話を戻すと…本は全部で15章、15枚の絵が取り上げられてますが、その中で辛口批評なのは2枚だけ、件のルノアールと、アングルの「泉」に対してだけです。(称賛する絵がほとんど。その言葉も豊かで素晴らしい)

    ルノアールのをもう少し引用すると

    “下手な絵である。色が汚くて、筆先が説明ばかりしている。ピアノの音なんてぜんぜん聞こえてこない〈中略〉この絵は下手なだけで、どこといって面白くもなく、鮮やかなところは何もない”
    (「赤瀬川原平の名画読本」赤瀬川原平著 より

    この後、具体的に「どこがどう汚いのか」という指摘が続き、そこから画家が社会に迎合すること、常識や見栄との馴れ合いの怖さへの言及となるのですが、当時の私には「ピアノを描いてるのにピアノの音が聞こえない、そんな絵はダメなんだ」というメッセージが何よりも心に残ったのです。



    もう少しさかのぼって思い出話を続けると…とにかく多くの展覧会を見に行っていたティーンエイジャーのころは当然ルノアールもいろいろ見ていました。ふくよかすぎる裸婦は好きじゃなかったけど「ムーラン・ド・ラ・ギャレット」には「わー!」と高揚した気持ちを覚えてます。キラキラした光が差し込んでるように、そこだけパッと明るいように感じた。(赤瀬川さんも「ムーラン」は「まあいい」と言ってるので、ちょっとホッ・笑)

    いっぽうアングルの「泉」。これは西洋美術館で開催されていた「アングル展」で実物を見ました。当時中学生の私は、赤瀬川原平が言う通りそのままの反応で「うまーい」「水もすごーい」「つるつるー」と、絵として「きれい!」だと感じ入った記憶があります。たしか図録も買って帰ったんじゃなかったかな。それが、この本では「風俗営業の入口にぴったりの絵」ですと。あらら。

    また、この本には絵を描く楽しさを思い出させる描写も多く、それが今の私にはいちばん響きました。

  • 池袋モンパルナスとアトリエ

    練馬区立美術館で開催中の「野見山暁治展」を見てきました。野見山氏は練馬区にアトリエ兼住居を構えたので、縁の地での追悼展でした。でも、若い時は池袋モンパルナスに住んでいたとのこと。池袋モンパルナスといえば熊谷守一がまず頭に浮かびますが…私、野見山暁治の絵はたぶん初見です。

    小規模な展示でしたが、面白かったです。大きいキャンバスに油絵具が踊っているのを見ると、小さいことでチマチマと悩む自分が浄化されるような気持ちになります。ヒョイとつまみあげられて、少しだけ俯瞰したところから世界が見渡せるような感覚というか。絵っていいな…と、こんな時に思います。

    野見山氏のインタビュー映像も展覧会の見どころで、そこで詳細に紹介されていたアトリエにも目が釘付けになりました。アトリエ…なんて良い響きなんでしょう。どんな仕事場でもそれを見るのは面白いけど、画家のアトリエへの興味はやっぱりちょっと別格です。映画でも、写真ででも、画家その人が反映されたようなアトリエが見れると心躍ります。

    *美術館にはほんの一部、アトリエが再現されていました

    野見山氏のアトリエは、練馬と糸島(あっ、これも今の朝ドラつながりだ)2か所にありました。糸島のほうが広そうでドラマチックな建物だけど、私は練馬のほうが好きだったな。より生活と一体になっているほうが楽しそうに感じてしまいます。

    さてもうひとつの縁の地、池袋モンパルナス。戦前にこの芸術家村があった場所は、じつは今の私の部屋のすぐ近くです。何も知らずにたまたまこの地に住むことになったのですが「せっかくならいろいろ知りたい」と、現存するアトリエ付きの家を訪問する町歩きの会に参加したこともあります。その古いしゃれた平屋には大きなキャンバスを運び出せるように細くて背の高いドアが付いていたり、アトリエといえばイメージする吹き抜けの大きい空間があったり、「憧れちゃうわ」の世界が繰り広げられていて、拝見できたのは貴重な機会でした。(その家は今でも建築家夫妻が事務所として使っていらっしゃる。うらやましい!)

    アトリエとか、画材店とか、「絵」まわりのことが好きだから「絵」が好きなのかもしれません、私。ま、ミーハーなんですね。でも楽しい要素は多いに越したことはない。しばらくその楽しさの感覚を忘れていましたが、それを追うのもいいじゃないか。まずはスモックでも縫いますかね(うそです)。

    *うちの近くの図書館には「池袋モンパルナスコーナー」もあります。
    そうでした、セツ先生もここに住んでたんでしたっけ。




  • 星由里子の着物姿 @「世界大戦争」

    過去ブログの「着物トーク」再掲その4。今回は「世界大戦争」です。2018年に池袋の新文芸坐で「宝田明映画祭」が開催されました。朝ドラ(またまた朝ドラ由来です)の「カーネーション」ですっかり宝田明ファンになった私、当時、映画祭の全上映作品を見に通いました。お世辞抜きでめっちゃ面白くて忘れられない映画ばかりでしたが、その中で着物も見どころだったのが、こちらでした。

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    映画「若大将シリーズ」のマドンナ「澄ちゃん」役の女優さん、と認識していた星由里子。いつもオシャレでかわいい澄ちゃんが、時にパンナムのグランドスタッフ、またある時はワイキキのデパガと時代の最先端の職場で活躍するのを見るのも、若大将シリーズの楽しみのひとつでした。

    先週、新文芸坐で上映された「世界大戦争」(1961年)で初めて澄ちゃん以外の星由里子を見ました。
    この映画、なんと第三次世界大戦が勃発して人類が滅亡してしまうというストーリー。やっと平和と豊かさを取り戻した東京の日常が核戦争に飲込まれてしまうまでを、ある家族の目を通して描いています。その家族の長女を演じるのが星由里子。これがもう、なんともかわいくて可憐なのです。
    もちろんふつうの洋服姿でも登場しますが、印象的なシーンでは着物姿なのが意外でした。ちょっと大仰なタイトルとはミスマッチというか。

    映画の序盤、家で宝田明演じる婚約者を出迎えるときは普段着の着物。ピンクの木綿の着物に赤い半幅帯(元気な文庫結び)、その上に花柄のエプロン。めちゃくちゃお似合いでかわいい!エプロンで手を拭きながら甲斐甲斐しく動く仕草も板に付いてます。まだ二十歳そこそこ、って役どころ、昭和30年代当時はお嬢さんの普段着としての着物もまだまだ健在だったんですね。

    結婚の申し込みリハーサルのシーンで、父親(フランキー堺)の真似をするのもかわいかったなぁ。婚約者(宝田明)とのやりとりにほのぼの。彼もスーツで帰宅後、すぐに着物に着替えます。若い2人がくつろぐ時は着物、ってのがちょっと前(と言うと語弊があるけど)の東京のスタンダードだったなんて。

    やがて戦争の予感が強くなる終盤で、デートに着ていくのがバラ柄の訪問着。「もしかしたら会えるのはこれが最後かも」という気持ちがあるからこその特別なオシャレ。

    白地に大輪のバラがくっきりと染められた訪問着、バラの赤のグラデーションにはところどころ金色も入ってます。帯は朱と金の大きな亀甲柄、帯締めは紅白。お母さんも「一張羅の訪問着」と言っていただけあって、まさに正装!花嫁衣装的な意味も含めたセレクトなのかな。衿はキッチリと合わせて、ほとんど抜かずに着ているのも、この時代のお嬢さんらしさを感じます。

    貧しくはないけど特に裕福でもない、ごくごく普通の家の娘さんなのですが、訪問着(しかも若い時しか着れない柄)一式を持ってるっていうのも時代ゆえなんでしょうか。「これくらいは持たせてあげなきゃ」って、人の良いお父さんが頑張って買ってあげたんだろうな…せっかくの華やかな訪問着を着てる時に、どんどん悲しい結末に向かってしまうという対比。着物も映画の中で大切な役割を演じているように思いました。

  • LINEスタンプ「伊勢うどんでいこう!」

    前回、伊勢うどんのポストカードを紹介したので、伊勢うどんの絵をもう少し。
    今回はLINEスタンプを紹介します。

    *ギャラリーページでもくわしく載せています→LINEスタンプ

    こちらも「伊勢うどん友の会」プロデュースで制作しました。うどんくん、うどんちゃんがいろんな表情を見せてくれています。

    伊勢弁…というか三重県らしい言葉も取り入れています。「しあさって」は伊勢では「ささって」と言うそうです。他にも「ごうわく!」とか「だんない」とか。(上の一覧から探してみてくださいね)

    自分ではこちらのハードボイルド風味(?)のイラストも気に入ってます。
    もちろん、スタンプは絶賛発売中です。
    *こちらから購入していただけます。ご贔屓にどうぞ!→LINEスタンプ「伊勢うどんで行こう!」

  • 「紅葉狩り伊勢うどん」

    先日ラジオから童謡の「ちいさい秋みつけた」が流れてきて、思わず聴き入ってしまいました。改めてじっくり耳を傾けると、なんて良い曲なんでしょう…。この曲を聴けば、誰もが幼いころに触れた秋の匂いや色を思い出すんじゃないでしょうか。

    最近は秋が短いけど、それでも探せば秋ならではの楽しみはまだまだたくさんありますね。まずは「待ってました!」の実りの秋。私も毎日、新米をホクホクといただいては「生きててよかった」と幸せを噛みしめております。

    空の色ひとつとっても突き抜けるような青から夕暮れの淡いピンクまで「こんなのタダで見せてもらえるなんてラッキー」(←毎度ケチくさい)な美しさだし、木々は色を変えて鮮やかに街を彩ってくれます。銀杏の黄金色なんて思うだけで胸がすくようです。

    …というわけで、やっと来ました(笑)、今回は「紅葉狩り伊勢うどん」の絵をご紹介します。
    「ちいさい秋みつけた」のひっそりした秋の趣とは違って、こちらは賑やかでワイワイ楽しい秋です。



    
「紅葉狩り」は、8月のブログに載せた「お花見伊勢うどん」の続編として描きました。「お花見伊勢うどん」はもともと展覧会のために描いた絵でしたが、「伊勢うどん友の会」がポストカードにしてくださり、「春があるなら秋も」と声をかけていただきました。
    *facebookグループの「伊勢うどん友の会」はこちらです→「伊勢うどん友の会」

    秋は、春で登場した動物を何匹か再登場させました。「春は一人旅で来ていたきつねのお嬢さんは、伊勢が気に入り移住した」、「うさぎのお母さんは伊勢に友達ができて、その友達に会いに半年ぶりに遊びに来た」なんていうストーリーも考えたりして。

    春と同じく、ピクニックのお弁当にも伊勢名物を取り入れました。猫の前のいわしの丸干し、それと、うさぎが乾杯してるのは伊勢のクラフトビールです。

    そしてこの絵を眺めながら、「ちいさい秋みつけた」との共通点をひとつだけ発見。絵にも歌にも鳥の「もず」が登場しています。描くときに「ちいさい秋」はまったく意識していなかったので、たまたまですが…。

    秋を楽しみましょう!

  • 個展から2年

    縁あってお声がけいただき、ギャラリー八重洲で個展を開催してからちょうど2年経ちました。「そうか、あれがもう⚪︎年前か」って、iPhoneの写真のお知らせでしみじみしたりびっくりしたりすることもしばしばです。

    2年前の個展は急に決まったこともあり、それまでに描きためた作品を集めて展示しました。新作はDM葉書のために描き下ろした1枚だけでしたが、そんなに頻繁に個展をするわけでもないので、私の絵を初めて見るという方もたくさん来てくださり、ありがたかったです。

    こちらがその時のDM葉書と、チラシです。個展タイトルの「somewhere around here」どおりに、「ここみたいなどこか、ここではないどこか」の風景画を展示しました。


    葉書の絵はベトナムで撮った写真がもとになっています。チラシはA4サイズの両面印刷で、折り畳んだ状態から開いていくと、こんな感じになっています。少し流れというか、ストーリーが感じられるような展開になるといいなと思って作りました。こちら、ホームページのトップにもなっている絵です。

    さーて、そろそろ新しい風景の絵も描かなきゃですね。

  • 《 お仕事アーカイブ #6 》 「ボンマルシェのつぶやき」

    先週のサザエさんのイラストについて「長谷川町子さん本人が描いたみたいでびっくり」との感想をいただきました。やったー、嬉しいです。これを描いた時は、サザエさんや「うちあけ話」をめくって、町子先生絵柄を研究(っていうと大げさだけど)しましたっけ。

    で、サザエさんの絵を描くきっかけとなった「ボンマルシェのつぶやき」を今回はご紹介します。

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    「ボンマルシェのつぶやき」は、朝日新聞の折込ページ「Bon Marche ボンマルシェ」に、2010年4月から2015年の6年間に渡って連載されました。作家の関千里さんが文章を書き、それに私がイラストをつけました。月1回のペースだったので全64回。

記念すべき第一回がこちらです。(おとなりがマロンさんのレシピページですね。毎回おいしそうでした。)

    タイトルに「つぶやき」とあるように、関さんのお話は、人生の曲がり角にさしかかったお年頃世代…つまり「私たち世代」の日常的な「あるある!」を鮮やかに切り取ったエッセイだったので「そうそう、そうなのよ〜!」と膝を打つ気持ちで毎回イラストを考えていました。私と関さんは同世代なので、そのあたりの感覚は共有しやすかったです。

    「ギャラリー」のページにも、いくつか掲載していますが、そこには無いイラストもここでいくつかアップしますね。
    *ギャラリーページはこちらからご覧ください → 「ボンマルシェのつぶやき」

    (上段イラストはギャルママを描いています。ただいま朝ドラで絶賛登場中の「ギャル」、2012年当時もギャルママは元気です。)

    連載期間中には東日本大震災もあり、そちらに寄せた回もありました。6年間って思い返せば長いですね。それでも「もう少し、2人で作り続けたいね」という思いから、連載終了後2年くらいの間を空けて、こんどはブログという形で「つぶやき」を続けることにしました。題して「ちーずのつぶやき」。「ちさと」と「ちあき」の2人の「ちー」がつぶやく、という意味のタイトルです。こちらは週に1回の更新で、これまでの朝日新聞の連載と、新しく制作したものと、交互にアップしていきました。

    ブログにアップする新作から、イラストに私の一言も添えることにしました。言ってみれば関さんと私との間の交換日記みたいな感じでしょうか(交換日記というのも今は通じないか)。

    そんなわけで「ちーずのつぶやき」には、朝日新聞連載ぶん全部と、新作が56回ぶん全部読めるようになっています。ぜひぜひブログで続きを見ていただけたら嬉しいです!上のイラスト6点はどんなお話からできたものか?答え合わせしてみてください。

    *ブログ「ちーずのつぶやき」はこちらからご覧ください → 「ちーずのつぶやき」

  • 「サザエさん」とわたし

    4コマ漫画の「サザエさん」との出会いはいつだったか…子供のころ、近所の本屋さんで手に取って、買ってもらったのが最初だったと記憶しています。たぶん小学2年生か3年生?それくらいのころじゃなかろうか。

    「サザエさん」はすでにテレビのアニメで見てたから「えー、テレビだけじゃなくてこんな漫画もあるんだ!」とサザエさんにワカメ、カツオの描かれたピンクの表紙の本を手に小さく興奮しました。

    本を開くと、中は色あざやかな絵本とは違って線画だけで、その線の色がページが進むにつれグリーンからマゼンダ、ネイビーに変わるのも、1ページに1作のレイアウトも「なんだか大人っぽいな」と感じて、手に入れたのがすごく嬉しかったのも覚えています。姉妹社という社名もカッコいいなァと思ってました。それから、少しずつ本が増えていくと、何冊も並べて表紙を眺めては、ひとりで「この中で私がいちばん好きな絵はどーれだ?」なんてやってました。こんな調子ですから「大きくなったらサザエさんみたいな漫画を描く人になる!」と、当然のごとく言っておりました、はい。

    …と、ここまでですでにコッテリと「サザエさん大好き、だいすき!」の想いを溢れるがままに書いていますが、そうです、サザエさん大好きです。

    あぁ、それなのに大人になると寂しいことに、つねにひもとくことも無くなってしまったのですが、日々フトしたときに「あ、今の私はサザエさんのあの漫画と同じだな」などと思うことはけっこう頻繁にあるのです。私の中にはしっかりサザエさんが住んでいる。

    で、昨日はコンビニで週刊誌スタイルで販売されている「サザエさん」がたまたま目に入ったので買い求め、久しぶりにサザエさんの世界に浸りました。やっぱりめちゃくちゃ面白いです。声を出して笑ってしまうこともたびたびありました。

    

面白いのはもちろん、私がとくにサザエさんを好きだと思うところは、漫画の中の小道具や背景が細かく描写されているところです。直接、話とは関係ない部分で…たとえば、波平に文句を言いながらお茶を淹れているフネの手元のお茶道具とか。「あー、うちの急須と似てる」なんて思いながら見るのが楽しいんです。これは「サザエさんうちあけ話」でも長谷川町子が「私はこまごま描き込むので、原稿を描くのに時間がかかる」と言ってますね。

    *表紙カバーも無くなってだいぶくたびれてしまった「うちあけ話」。今読んでも何回読んでもおもしろい*

    2016年に板橋区立美術館で開催された「よりぬき長谷川町子展」は見応えたっぷりでしたが、町子センセイがたしか中学生くらいのころに描いた絵なども展示されていました。そこですでにサザエさんに通じる魅力は花開いていて、町並やそこで暮らす人々の日常が細かく描写されていて唸りました。観察眼もすごいし、それを描く力もすごい、天才だったんだな…。それに、描いていること自体を心から楽しんでる感じも伝わってくる。町子先生、ブラボー!

    …と、ここで自分のことを持ち出すのは非常に気が引けますが、私もカットイラストを描くときには背景を入れることで、その場の気配などが伝わるといいな〜と意識したりしています。これは「サザエさんの教え」(?)が形になった点のひとつかな。

    長谷川町子はすごい作家である一方、繰り返し読んだ「サザエさんうちあけ話」には、描き手としての本心や葛藤などが飾らずに語られています。なかなか思うように描けないこともある、長期のスランプも定期的にある…などなど。こちらには、これまたおこがましいけど、親近感を感じずにはいられません。

    「これからも、ずっと心にサザエさん」。そうつぶやくと、なんだかすごくほっとします。「サザエさん」は私には変わらないよりどころ、お守りみたいな存在だと改めて思いました。

    *こちらは、ブログ「ちーずのつぶやき」に掲載したイラストです。「ちーずのつぶやき」は作家の関千里さんが
    文章を、私がイラスト+ひとことを描いて、作ったブログです。ぜひ下記リンクからご覧ください!*
    【チーズのつぶやき】

  • 「巴里の空の下オムレツのにおいは流れる」

    前回は「お茶漬け」だったので今回は「オムレツ」です。

    こちらは石井好子のエッセイ「巴里の空の下オムレツのにおいは流れる」の表紙イラスト…と言っても展覧会のために描いたもので、じっさいに出版されているものではありません、残念ながら(笑)。

    展覧会っていうのは朝ドラの絵を描いたのと同じ、ピンポイントギャラリーの年に1度の企画展。えーと、これは2016年ですね。この時のお題は「わたしの一冊、あなたへの一冊」で、好きな本の装丁イラストを描く企画でした。

    好きな本を1冊となると迷いますが、中学生くらいの頃からこれまで何度となく読み返した、こちらの本にしました。風景をペンで描きたいと思っていたので、ちょうど良いタイミングでもあり…というより「もう自分の一部みたいな本!」と勝手に思うくらいですから、こちらを選びました。

    私は外国に憧れ続けるコドモだったので、小学生のころは「世界の不思議遺跡」みたいな本で見るインカ帝国の遺跡とかナスカの地上絵とかに胸踊らせ、もうちょっと大きくなると俄然ヨーロッパへの憧れをモリモリと育てていきました。なかでもやっぱりパリ!電車の中吊り広告でたしかアサヒグラフだったか何か…のパリ特集の写真など見た日にゃもう釘付けで、体中が熱くなるくらいでした。

    こんな調子なので、家にあった母の「巴里の空の下〜」は、それこそ暗記できるくらい読みました。料理エッセイだけど、行ったこともないパリの暮らしや匂いが感じられるのが素晴らしかった。最初のほうに、ロシア人のマダム(パリのアパートの家主)がハムの脂身を炒めてその油でオムレツを作った話が出てくるんですが、その味までありありとイメージできて、もう私は何十回もそのオムレツを食べてる(もちろん脳内で)というぐあい。

    さてさて、絵ですね。これはGペンにインク(パイロットの証券用インク)をつけて描き、水彩で着色しています。Gペンで絵を描いたのはこれが初めてで、本番前にはペンの紙へのひっかかり具合に慣れるようにストロークの練習などもしました。ちなみに紙はアルシュ。カリカリとした描き味が気持ちよく、乗って描けました。

    絵にしたのはもちろんパリの屋根裏部屋。筆者が下宿していた部屋はもっと広々していたかもしれないけど、やっぱり「屋根裏部屋」になんとも言えない情緒を感じます。テーブルの横の椅子に掛けてあるのは筆者の毛皮。で、その毛皮をまとって歌ってるのが裏表紙です。石井好子の若い頃のステージ写真を見たことがありますが、たしかこんな衣装だった…というおぼろげな記憶を元に描きました。

    今は朝ドラ「虎に翼」の寅子が時代を切り拓いた女性として描かれていますが、もちろん、寅子だけじゃなくいつの時代にも自分の道を信じて突き進んだ女性たちがいるんですよね。石井好子もそのなかのひとりだったのだと思います。シャンソンを歌いたくて独りでパリに行くなんてその勇気と度胸たるや。

    こちらは、家にあった本。ずいぶん年季が入ってますね。今は実家から私の手元にやってきて本棚にそっと収まってくれています。

  • 奥様のよそ行きと普段着@「お茶漬の味」

    過去ブログのキモノトーク(?)再掲、3回目です。2018年6月から7月にかけて、角川シネマ新宿で小津安二郎の映画7本の4Kデジタル修復版が公開されました。それまで全く小津映画を見たこと無かった(!)ので、これはいい機会だワとせっせと通い、7本全部を見ました。

    アラフィフでの初鑑賞は、結果どれもすごく面白かったです。あぁ、なんで今まで見なかったんでしょうね〜。度々目に入る小津映画のスチール写真なんかはとても端正で、そこから「折り目正しくて固そう?」ってイメージが先行してしまったというか…なんとなく古臭くて窮屈な世界なんじゃないの?と勝手に思い込んでいたんですね。あーもったいない。

    もちろん時代的に古い価値観が多少フォーマットとしてあるけど、描かれる内容はいたって普遍的だし、多くを語りすぎることなく全体的にドライな印象で、共感できる部分がすごく多かったです。そしてそう、端正すぎてむしろ怖いと感じたシーンは映画として見ると本当に美しく、その心地よさに感動しました。

    7本の中でとくに好きだったのは「東京物語」、「浮草」、「お茶漬の味」。(あ、でも短期間に集中して見たので「東京物語」以外の「笠智衆&原節子」のものは印象がごっちゃになってしまった…ってのもあるかも。)

    この中で着物がたくさん見れる楽しみもあったのが「お茶漬の味」でした。リッチな奥様の着物の日常はちょっとした別世界でわくわく。お嬢様育ちで遊び好き、いつもわがままいっぱいの奥様(木暮実千代)に対して、旦那様(佐分利信)は田舎育ちで質素で穏やか…このちぐはぐな夫婦の物語です。

    この奥様、妙子が銀座に行くところから映画は始まります。このとき着ているのは亀甲柄の着物。学生時代の友人、アヤ(淡島千景)の洋装店を訪れるシーンです。この亀甲柄、裾に向かって模様が大きくなっていく、ちょっと奇抜なデザイン。(私には「ハチミツ柄」にしか見えないけど…。)ん?これ反物だとどういう状態でしょう、普通に裁ってこうなるの?

    この大胆な柄が、堂々たる雰囲気の木暮実千代には良く似合ってます。妙子はショーウィンドウの上の商品(香水瓶?)をパッと手に取って、売り子に「これちょうだい、包んどいて」と。この立居振る舞いと言い方だけで、彼女の生活や人となりが分るのです。

    銀座から戻り、家では格子柄の着物。カジュアルな柄にホッとするけど、帯がまた素敵なんです。デザイン化された植物のような柄。えー、私だったらこれで堂々とお出かけしちゃうなぁ。

    「今日は帝劇、明日は三越」(この例えも古いですね)を地で行く妙子。アヤや姪の節子(津馬恵子)たちとの修善寺旅行から帰るとすぐに野球観戦へ。後楽園球場のナイターにはこんな涼しげでモダンな着物で。ナイターにもおしゃれ着物…すごいなぁ。お出かけの時はいつも手袋をしていますが、この時は黒いレースのもので、それも素敵なアクセントになっていました。

    自宅に戻って着替えずに姪の節子にお見合いを勧めるシーン。ここで妙子の部屋が映ります。大きな花柄の壁紙に、やはり花柄のソファー一式。うわー、デコラティブ。昭和20年代でもこんな部屋のある家があったのか…(というか、この時代の日本映画ではしばしば過剰に洋風の家が登場しますが、これは現実には無い豊かさへの憧れの一端だったのかな)ヨーロッパ調にまとめられた部屋には東郷青児(ふう?)の絵も。何かあるとここで煙草を吸ったり雑誌を見たり、この部屋は妙子が逃げ込む場所でもあり、いつまでも娘時代のわがままを通したい妙子の象徴のように見えます。

    節子のお見合いに立会う時や、一等の展望車で旅行に行く時には華やかな訪問着。タイミング悪く出かけてしまった勝手をアヤに責められて、ふてくされながら手袋を脱ぐシーンも印象的でした。

    木暮実千代という女優も、古い映画を見るようになってから知りました。(子供のころ、母の婦人雑誌で見たような気も)最初に見たのは「香港の夜」のヒロインの母親(中年婦人)役でした。すごい美人ってわけじゃないけど、艶っぽくて、どっしりした存在感がありますね。若い時にはどんな感じだったんだろ?と思っていたら、先日見た「酔いどれ天使」ではヤクザの親分の情婦役で登場していました。ビッチな役どころがピッタリで、毛皮のコートもよくお似合いでした。(本領発揮?)

    ラストシーン手前で、ちぐはぐな結婚生活から一変、生まれ変わったような心境の妙子が家で楽しげにアヤたちとおしゃべりをするシーンでは、着物もくつろいだ絣。地味な絣柄も何となく華やいで見えるのがさすがの女優力ですね。

    本筋とはあまり関係無いけど、この「友人+姪」のメンバーでおしゃべりしたり、出かけたりする何気ないシーンの数々がすごく楽しくて、映画に華を添えてます。「ジャンギャバン?ああいうのが好きなの?」なんてセリフとか、修善寺温泉の旅行なんて女学生そのもの。こういうの見ると、女子会は今も昔も変わらないんだな~とほのぼのしました。あっ、修善寺の旅館の浴衣がこんなひょうたん柄でこれもかわいかったです。節子を演じた初々しい津馬恵子。

    津島恵子が全編とってもチャーミング!のびのび明るいお嬢さん役がすごく良いアクセントに思えました。妙子の夫婦間がどんどん冷えきって行くのと同時進行で節子にも結婚問題が持ち上がりますが、「お見合い結婚なんてイヤッ」と自分の幸せを一生懸命探す姿がとても良かったです。

    鶴田浩二演じる「のんちゃん」と、ラーメンを食べながらお見合いについて語り合うシーンなんて、2人ともほんとかわいい。ここ大好きです。(ラーメン屋のBGMもまたセンスいい!)のんちゃんが気負い無く語る「大きな神様から見たら(お見合いで結婚しようが、恋愛結婚だろうが)どっちも同じ、ボクは簡単主義だなァ」の一連のセリフにも膝を打ちました。

    あちこち話が飛んでしましましたが、着物に戻ると…

    日常的に着物を着ていた時代には、普段着とよそ行きの区別が分りやすくて、なるほどな〜って思いました。私、理屈では分っても、どうも着物の格の扱い(正統派の)が腑に落ちないことがたびたびあります。

    それは、今は「着物」ってだけで、すでによそ行きの感じがあるから。昔の(本来の)定義よりどんな着物でもワンランク格が上みたいな感覚になります。今は木綿の着物でもコーディネート次第でお出かけ着だし。(私もそうです。それで劇場や気取ったレストランなんかには行かないにしても…)

    でも、それでいいんじゃないかなと昔の着こなしを見て改めて思いました。だって、映画の中ではお出かけの洋服はワンピースだけど、今はジーンズで銀座歩くの普通だもんね。フォーマルな場じゃなければ、好きなように着物を着れる今は幸せ、と思います。私は「固く考えすぎず、好きなスタイルでどんどん着たほうがいいよね主義」だわァ。(のんちゃん調で)

    そして、小津映画との出会いがとても幸せな形だったことにも感謝。いいタイミングで見れました。

  • 朝ドラ(連続テレビ小説)ヒロインの友

    前回はジャズの本を紹介しました。最後にちらりと触れた「ニューオリンズ行進曲」は、ただいまわくわくしながら読んでるところ。ニューオリンズでジャズ一まみれの生活!著者夫婦の無鉄砲さが清々しいです。

    ジャズといえばニューオリンズ、そしてサッチモ…ときたら当然、「カムカムエブリバディ」ですよね!…って強引すぎですみません。今回は朝ドラの絵を紹介します。

    こちらは青山のピンポイントギャラリーで毎年開催される、イラストレーターや絵本作家100人が同じテーマで絵を描く企画展「100人展」へ出品した1枚です。2023年のテーマは「友」で、私はおなじみ朝ドラの「ヒロインの友」を描きました。

    朝ドラのヒロインにはたいてい幼馴染の親友がいて(今の「虎に翼」では花江がそうですね)彼女たちも時代の波や世間に揉まれつつ、時にヒロインと反目しつつ、我が道を力強く歩いていきます。そんな大好きな彼女たちへ愛を込めて。

    左から順に「ひよっこ」の時子、「カムカムエブリバディ」のきぬちゃん、「カーネーション」の奈津、「おかえりモネ」のすーちゃん、「花子とアン」の醍醐さんです。後ろのウェイトレスは「舞いあがれ!」の久留美。

    私、子供のころは家族と一緒に見ていたけど、大人になってからはすっかり朝ドラから離れていました。再び見始めたのは「あまちゃん」から。それですっかりハマり、それ以降のレギュラー放送はほぼ欠かさず見て、時には夕方の再放送やNHKオンデマンドなどで過去の朝ドラも何本か後追いしました。

    で、イラスト。「ヒロインの友、誰を描こうかな?」と候補をしぼる時には(もちろん好きな作品、好きな「友」を選んだのですがその中でも)いろんな時代が混ざると面白いかなと考えました。この絵の中でいちばん古いのは「花子とアン」で大正時代、新しいのは「おかえりモネ」と「舞いあがれ!」で平成ですね。それぞれ、そのドラマにちなんだ飲み物やオヤツも一緒に描いています。もっともドラマの中で、すーちゃんがタピオカを飲んでるシーンはとくに無かったと思うんですが、流行りモノ大好きな彼女のこと、ぜったい出始めのころ並んで買っただろうなーと想像して。

    彼女たちらしいファッションや表情を考えるのも、こういう絵を描くときには楽しいものです。何作かは録画してあったので、それを見返して写真を撮って描きました。あと、演じた女優たちの身長も調べて、いちおう、それも絵に反映させてあります。だれも気にしないと思うんですが….(笑)

    タッチは、昭和の懐かしいイラスト、たとえば私が子供のころ持っていた「おしゃれ図鑑」みたいな本、あるいはサンリオの「いちご新聞」に載っていたようなイラストをイメージして、その雰囲気を反映させたいと思いました。丸ペンに茶色いインクをつけてカリカリと描いた上から水彩と色鉛筆で着彩しています。

    こんな感じで朝ドラ大好きな私、それならいつかぜひ、朝ドラのオープニングの絵を描いてみたい…あわわ、言っちゃった。ひじょーに図々しい大それた夢ですが、言うだけならタダですからね(笑)。精進いたします。

  • 「ゼロから分かる!JAZZ入門」の繁体字版ができました

    このたび表紙イラスト、本文イラストを担当した「ゼロから分かる!JAZZ入門」の台湾の出版社による繁体字版ができました。

    左が通常盤、右が博客来(台湾最大手のネット書店だそうです)限定カバー、内容は同じです。

    カバーも本文もレイアウトは日本版オリジナルとは違いますが、イラストは同じものが掲載されています。

    日本版はこちら。好評で三刷だそうです!

    そうそう、ちょうど、「ニューオリンズ行進曲」を読みはじめたタイミングで繁体字版が届きました(私が関わってる本というわけじゃないですよ・笑)。いちどは訪れたいニューオリンズ!私自身、もっとジャズと仲良くなりたいです。末長く気楽にネ。

  • 大原スケッチ旅行と風景画

    前回は軽井沢(信濃追分)でのスケッチの思い出をお話しました。イラストレーターとして仕事を依頼されるようになったきっかけも風景画だし、やはり風景を描くのには特別な思い入れがあります。今回はそのあたりの雑談を。

    とにかく一貫して「外」を見るのは好きです。イイ眺めがあればそれだけでかなり幸せ、だから鈍行列車のボックス席が好きだし(延々と外を見られるから)、入院した時の大部屋のベッドが窓側じゃなかった時にはすごくソンした気分でした。

    で、その「眺め」はべつに風光明媚とかじゃなくて全然よくて、何か見て「ああ、これイイね!」と感じるタイミングは歳を重ねるにつれ、増えている感覚があります。いいねと思う幅がだんだん広がってるというか。そこらのどーってことない風景にこそグッと来たりする、こういう風景を感じる力(というものがあるとすれば)、これは間違いなくセツ・モードセミナーに育ててもらったなと思ってます。

    私は、セツ・モードセミナー(以下セツ)という学校(というか画家の長沢節の私塾のような場所)に通っていたんですが、セツでは毎年、千葉の大原という漁港へスケッチ旅行に行きました。信濃追分と大原、いいですねぇ、どちらも何もない(笑)。

    長沢先生は大原を「日本のコート・ダジュールだよ!」と常々おっしゃってたので初めて行く時は「どんなに素敵なところだろう」とワクワクしました。ところが、行ってみるとホント鄙びた田舎の漁港なんですよね…もう、がっかり。信濃追分は何もなくとも、爽やかな避暑感から滞在そのものが気持ちよかったんですが、大原にはそれもない。あるのは海と船と、荒っぽい漁師のおっちゃんと大衆食堂。それでも、なんとか絵を描きましたが、全然おもしろくなかった。「もう、早く帰りたい」と思いました。(ってこととは、信濃追分は絵を描くのが楽しかったんじゃなくて、場所が好きなだけだったんだな)

    スケッチ旅行後、学校では皆が描いたスケッチを持ち寄って品評会が行われます。すると、そこにはまさにコート・ダジュールを描いたがごとく素敵なスケッチ(セツでは「タブロー」と呼びました)の数々が!これはショックでした。このシックな絵を描いた人も、あっちのおしゃれな絵を描いた人も、私には見えないものが見えているんだと。

    でも、その時点ですぐに「見方をかえればいいんだ」と舵を切り替えることはできませんでした。長沢先生も「自分でおもしろいものを、描きたいものを見つけるんだよ」的なことをいつも言ってだけど、うーん?ピンとこなかったです。褒められる人の絵を見ては「なんでこんな上手な絵がかけるんだろう?」で止まっていました。

    それから何年も、ぼんやりと大原に行き、セツの同級生たちと有志で横浜にスケッチに行ったりもしましたが、風景を描くのは上達しませんでした。合評会では「この人は、あまり絵をわかってないね」と言われたことも。セツに居た間、けっきょく最後まで上手にならなかったんじゃないかな。

    大原で撮った写真はあまりないのですが…。
    こんなふうに、イーゼルを立てて好きな場所で描きました。写真に写ってるのは友人です。

    話は逸れますが、セツに通ってたころ、大学の同級生(国文科の)から「絵を描いてると、目に入るものすべてが絵画的に見えたりしない?」と聞かれたことがありました。その時は「まさか!ぜんぜんそんなことないよ」と慌てて答えたんですが、その友人はピアノがプロ級で芸術一般に造詣が深いタイプだったので「なんか、そういう捉え方ができるのってさすがだな」と思いました。当時、ハッとさせられた一言だったんですね、その時のやりとりは今でもよく覚えてます。

    それからセツを卒業し、イラストレーターへの道を模索する時間を経て、風景が自分の一部のように感じられ、描けるようになるまで10年近く。どの時点で何がどんなふうに変化したのか自分でもよく分かりません。コップに雨垂れがポツポツと溜まるように、見る目が育ってきたのか…そう言うとカッコよすぎな気がしますが。としたら、その下地にどっしりと、セツで見聞きしたことがあると感じます。在学中はスッと入ってこなかった、理解できなかったあれこれが、あとからじわじわと効いてくる…沈んでいた何かがふっと浮き上がってきた感じと言うか。

    あとは景色を眺めることそのものは変わらず好きだったので、その「好き」の気持ちが引っ張ってくれたようにも思います。好きでも、それが筆となんとか結びつくまでは、ずいぶん時間がかかったということかな….なーんて言うとすごい名手みたいで恥ずかしいですね、すみません。名手どころか、今もまだまだ道の途中です。

    ただ、今では、何を見ても自然と絵のように見えるようになりました。同級生の彼女に遅れること数十年、ようやく私も少しずつ世界が美しく見えるようになってきた、と報告したら「今ごろやっと?」と笑われるかな。
    ちょっと大袈裟だけど、言ってみれば毎日がディズニーランドなのです。何を見てもきれいでおもしろい。この感覚が得られただけでも、ものすごく得してる(年パス買わなくていいですから・笑)、絵を描いているおかげで引けたいちばんの「当り!」かも、と思っています。

  • 残暑お見舞い申し上げます

    お盆休み最中ということで、今日は「夏休み」をお題に雑談(いつも雑談ですが)を。

    夏休み、もちろん大好きです。小学生の頃は、こっちは夏休み中なのに仕事に出かける父を見て「大人は夏休み無しでよく生きてられるな」と感心しつつ、「いつかは私もそうなるのか…」と想像するだけで暗澹たる思いでした。

    さて、無理やりというか、絵に結びつけて夏休みを振り返るとき、最初に思い浮かぶのは信濃追分の風景です。信濃追分は賑やかな軽井沢からはちょっと離れた場所なんですが、そこに、通っていた中学&高校(私は中高一貫校に通ってました)の寮があり、中高通して美術部だった私は毎年、クラブ合宿に参加という形でその寮に滞在しました。

    滞在中は、美術部の合宿なので当然、絵を描くわけです。信濃追分はなんにも無いのが魅力なところ。ポツポツと別荘があるくらいで、あとは木々が茂ってるだけです。ちょっと歩くと浅間山がきれいに見える開けた場所もあり、そんなところでみんな、思い思いにスケッチをしたものです。たまには先生引率で小諸まで出かけたこともありましたね。

    たしか高2まで毎年行ってたから、5年間。それななりにスケッチも溜まったはず。でも、さあ?何を描いたんだったか…実家にそのころのスケッチなんて残っているでしょうか。たいしてうまくもないだろうし、さほど熱心に描いた覚えもありませんが、あればちょっと見てみたい。

    手元にスケッチがないので、1996年に撮った写真を。この時は寮の食事係のバイトでしばらく滞在したのでした(そんなに信濃追分がスキなのか?)。合宿に来る子たちの食事は、卒業生(おもに家政科へ進んだ子たち)が作ることになっていました。私は家政科じゃなかったけどうまく潜り込み、避暑感覚で過ごさせてもらいました。これもすでに懐かしい。

    戸外でスケッチしたいなと思うことが時々あります。スケッチはとにかく無心になれる、その時間を過ごしたいなぁ、と。描く対象とドーンと向き合って、見えたままを率直に描くことを淡々とやりたい。絵の具のセットとかイーゼルとか、荷物をどうする?水くめる場所ある?とか、いろいろ考えて準備しなきゃですけどね。秋になったらどこか行こうかな?

    〈最後におまけ。最近描いたスケッチ、トルコ桔梗です。もちろん家の中で。〉

  • 《 お仕事アーカイブ #5 》 どうぶつイラストあれこれ

    前回取り上げた「赤玉ジャパン」のナビゲーターの猫、「にゃぱん」は着物だけじゃなく、ぬか漬けも得意。張り切ってレクチャーしていました。「へー、ぬか漬けってそうなんだ!」と感心して見てるのは「ワンくん」。
    こういった動物のイラストもあれこれ描いてきたなーと、今回は動物イラストをいくつかご紹介します。

    動物を擬人化して描いた最初の仕事はこちらでした。雑誌「ミセス」の「眠り」特集です。眠りと言えば羊…で、編集者さんから「羊が主人公になって、ベッドメイキングをしていたりするのをイメージしてます」とうかがい、ラフのやり取りをしつつ相談しながら作ったページでした。改めて羊を調べると、種類もたくさんだし…どう描こうか?と試行錯誤でしたが、それも楽しみつつ進められた仕事でした。

    肌が黒い羊にしたのは、そのほうが誌面で映えそうだったから。自分から黒い羊を描いて提案しながらも、打ち合わせで「あ、でも…黒い羊がシーツ触ってたりすると、不潔な感じがしますか?」と少し遠慮がちに聞いたら、「あはは、関係ないですよー、そんなこと言ったら、動物が触ってる時点で不潔じゃないですか」と、笑われましたっけ。(ホッ。。。)

    こちらは、教育雑誌の挿絵に描いた「狼と7匹の子やぎ」の挿絵。

    「鳥獣戯画」がテーマの企画展のために描いた「お花見伊勢うどん」。どうぶつがいっぱいです。「伊勢うどん友の会」のキャラクターのたぬきといっしょに、鳥獣戯画に登場するうさぎ、かえる、きつね、さる、を描きました。へびや亀は単に私の好みです。

    メインじゃないけど、動物が目をひくことになったイラストもあります。この「赤ずきん」も企画展のために描きました。絵を購入してくださった方が「襲うはずの狼が、見守ってるみたいでウケる」とおっしゃってたそうです。気に入ってくださったのはすごく嬉しいけど、「そうか、ほんとはもっと怖く描くべきだったかな…」とちょっと反省したり。

    ヘビもイグアナも好きです。「ガラパゴス」と聞いて反射的にイグアナが思い浮かび、そこから絵のイメージができたのがこちらです。

    動物を描くのは掛け値なしに楽しいし、じつは人間よりずっとリラックスして描けるのです。なんでだろう?と少し考えてみたんですが、私は人間に「かわいい」要素を盛り込むことに照れ臭さがあるような気がしました。動物ならうんとかわいく描いても許されるように感じるのかも…ということは、私は「かわいい」がもっと描きたいのかもしれません。

  • 《 お仕事アーカイブ #4 》 「赤玉ジャパン」に書いた、着物のしくみ

    映画の中の着物に惚れぼれした後は、着物のしくみのことも少しお話したい…というわけで、友人が主宰していた「赤玉ジャパン」という海外旅行者向けサイト(日本文化の紹介がメイン)のために書いた記事とイラストをこちらに再掲させてもらいます。「にゃぱん」という猫がナビゲーターでがんばってます。

    着物って合理的で無駄がないのも、私が着物好きな大きな理由です。仕立て方といい、着方といい、すべてにおいてすごくすっきり、腑に落ちる感覚がある。着物を畳むのなんて、もはや快楽と言ってもいいくらいです(ぱたぱたと折り畳むと、どれもほぼ同じサイズのペラっとした長方形になる気持ちよさったら!)。
    そんな気持ちを、またまたアツく語った一編、よろしければお付き合いください。

    *赤玉ジャパンのサイトはこちら

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    ふだんはジーパンを愛着してるけど着物も大好き!そんなにゃぱんが、着物のいろはをレクチャーします。
    着物って、実際に手に取って着てみると、何枚もの長方形の布から出来てるのがよく分ります。こんなふうに(図1)反物を裁断して、縫い合わせてるんですね。女性の反物のサイズはだいたい、幅が37~38センチ、長さが12~13メートルあります。身長170センチくらいまでの人なら、これで一着作れます。

    仕立てる時は、もちろんサイズ(背の高さ、腕の長さ、ヒップ)を測るけど、洋服ほど厳密じゃないんです。なぜなら自分にピッタリのサイズじゃなくても、着るときに調整できるから。裾の長さを調整するには「おはしょり」という独特の方法があります。くるぶしよりも長く余ってる裾を、ウエストのあたりで折り畳みます。じゃあやバストやヒップサイズは?それも大丈夫!着物は巻き付けて着るので、太ってる人は巻き込む量を少なく、やせてる人は多くすればノープロブレム。(図2)

    もちろん、ピッタリのサイズで作れば無理なく着れるし、きれいなのですが、多少のサイズ違いはどうにでもなる!のが着物の魅力のひとつだとにゃぱんは思います。

    そのうえ、ほどきやすい縫い方をするので縫う前の状態に戻すのも簡単。サイズ調整をしながら縫い直しができるようになってるんですよ。だから、おばあちゃんの着物でも100年前のアンティークの着物でも、現代の人がリメイクして楽しめるわけ。これってすごく合理的!

    多少の違いはあれど、着物の仕立て方は男女ともほとんど同じ。デザインはずーっと変わりません。その代わり、着物や帯にする布の種類や色、柄のバリエーションはものすごく多種多様。日本各地に、その土地それぞれの名産とされる布があるんですよ。にゃぱんはいつか日本各地の布の織元を訪ねる旅をしたいなーと思っています。

    さて、こんなふうに直線的に作られてる着物なので、収納もらくらく。ハンカチみたいに四角くコンパクトに畳めて重ねてしまえるからかさばりません。畳んだ折り目は縫い目に沿ってるので、にゃぱんの嫌いなアイロンがけの必要も無し!広げてすぐ着れます。これもなんて合理的なんでしょう。

    単一的な形の着物だけど、ちょっとした着こなしの違いで、同じ着物でも全然違って見えるのも面白い。ここでセンスが問われるニャ!と、自分なりの工夫を重ねるうち、どんどんその魅力にハマっちゃうわけです。身にまとうと現れる立体感や動きに合わせて自由自在に変わる形は、浮世絵などでもおなじみです(図3)。

    着物ならではの季節感あふれる模様やきまりごとなど、おしゃべりしたいことはまだたくさん。それはまた次の機会に・・・

  • 高峰秀子と草笛光子の着物姿@「放浪記」

    過去のブログは閉鎖しましたが、そこに書いていた「映画の中の着物」の記事だけ、こちらにぽつぽつ再録していきます。着物熱が沸騰していた時期に書いたので、カッカしてます(笑)。合わせて、張り切ってイラストも描いたのでこちらも見ていただけたら嬉しいです。

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    文芸作品の誉れ高い「放浪記」…と、ぼんやり知ってはいましたが、林芙美子の原作を読んだこともなければ、成瀬巳喜男監督の映画を意識して見たこともない私。

    それでもたまたま、これも池袋の新文芸座で観たらとても面白かった。林芙美子の生き様が強烈で、それを演じる高峰秀子に圧倒されました。見どころがたくさんある名作なのでしょうが、ここでは着物のことを。

    まぁ、高峰秀子と草笛光子の着物合戦が鮮やかで。2人の全く違う装いがまた見たくてDVDで見直してしまいました。今まで昭和の名作と言われる映画にあまり興味がなかったのに、急にがぜん面白く感じるようになった理由のひとつが「着物」なのです。自分が着るようになったら、もう、いろんな着物が見たくてしょうがない。で、この映画の舞台は昭和初期なので、当然普段着もよそ行きも様々な着物のオンパレードです。こりゃ楽しい。

    高峰秀子演じる林芙美子は、貧乏のどん底で女工やカフェの女給をしながら詩や童話の創作をし続けている、絵に描いたような苦境の作家。これでもか!というほど田舎臭くて貧乏で…見てるこっちが暗い気持ちになるほど。

    それに対して草笛光子演じる日夏京子は、同じく詩人だけど堂々たる美人として描かれています。しかもリッチで余裕のある立居振る舞い。

    いっつもブスッとした仏頂面で猫背。全身で非美人オーラ前全開の芙美子と、シュッとした美人の京子。この対比がそのまま2人の着姿に現れています。芙美子はたいてい絣をグズグズに来崩していて、京子は華やかな小紋をピシッと、それこそ着付けの教科書みたいに美しく身にまとっています。スラリとした草笛光子のスタイルの良さも、もちろん功を奏しているんですが。

    男の部屋で鉢合わせするところから、2人の関係は始まります。先に部屋に居た京子は、めいっぱいオシャレしていて白黒の画面からでも艶やかさが伝わるようです。大胆な波柄の羽織がとくに素敵。

    いっぽう、スキ焼き屋のバイトから帰って来た芙美子は日本髪を結っていて、これがまた輪をかけて田舎臭くブスに見せてる(本当にブスに見えるのがさすが)。羽織もなんか半纏っぽくて垢抜けない、あぁ〜残念…

    ほどなく2人は詩人同士として、芙美子が働くカフェで再会。女給の芙美子の白いエプロン姿は森光子を彷彿と…いや、実際の舞台を見たことないけど、こんな出立ちでお盆持って踊ってるのをテレビで度々見かけました。京子は幾何学的な花柄の小紋に、竹が描かれた帯。この組み合わせもかっこいいなー。「2人で詩の雑誌を作ろう!」と盛り上がります。(余談ですがここで登場する詩人、白坂五郎役の伊藤雄之助が好きでした。非二枚目枠だけど。)

    やがて小説で競い合うことになる2人。ライバルとしてバチッと視線を合わせるシーンです。座る時もクシャッと年寄りみたいな姿勢の芙美子。

    高峰秀子のエッセイ集「忍ばずの女」を読んだら、役作りで姿勢を研究するときは整形外科医に教えを乞うことにしてる、と綴られていました。私は高峰秀子主演の映画はずいぶん前に「二十四の瞳」を見ただけ。あの若い先生のイメージそのままに、たおやかでなんとなく苦労知らずの女優さんというイメージを勝手に抱いていましたが、文章の端々から演じることに命がけな女優魂が伝わってきて驚きました。「放浪記」の時もさもありなん。

    そして書きあがった小説を京子が芙美子に預けに来ます。総絞りの着物でいつも以上にゴージャスな京子と、庭でタスキがけで洗濯をしている芙美子。これから婚約者の両親に会いに行くところ、と告げる京子。以前「あんなのが欲しい」と芙美子が憧れていたショールも持っている。満たされてるなぁ〜…夫ともうまく行かない芙美子とは何から何まで違う。

    ラスト近く、2人が顔を合わせる最後のシーン。京子はよろけ縞の夏着物に鉄線柄の帯で、いい女ムードたっぷり。私はこれが京子に一番似合っていると思いました。ハッキリした目鼻立ちで、男顔の草笛光子には大胆な柄がピッタリ、素敵に映えますねぇ。芙美子はダラッとした浴衣姿、相変わらず帯も適当にグルグルッと巻いてる感じ。

    最初から最後まで芙美子はふてぶてしくて図太くて…一筋縄では行かないアクの強い作家像が見事に描かれていました。「忍ばずの女」によれば、着物やヘアスタイルにメイクなど全て、高峰秀子自身が林芙美子をどう演じるかを考えて決めたそう。終始、書くことと恋愛に入れあげてる姿の鮮烈さはそこから生まれていたんですね。

    おまけに。「この映画の中からどれか一着、貰えるとしたらどれ?」と聞かれたら…そりゃ芙美子が作家として大成したラストシーンで着てた結城紬だよ〜と答えますが、これじゃなかったら、貧しい時代の絣の着物がいいな。あ、と思う魅力的な柄がたびたび登場しました。合わせる帯を工夫して、こんなのをしゃきっと着てみたい。普段着の着物の織り模様の美しさに、とても惹かれます。

  • 《 お仕事アーカイブ #3 》 オリジナルカレンダー

    お仕事…というと語弊があるのですが。こちらは、2020年新春にご年始がわりにお配りしたカレンダーです。オリジナルの絵をリソグラフ(ガリ版と同じ方法のデジタル印刷)で印刷しました。前回、「iPadだと気負いなく描ける」という話をしたので、その延長をもう少し。

    こちらの絵は、もともとラフスケッチとして描いたものでした。
    トランジスタプレスの佐藤由美子さんが出版を予定していた「グーテンベルクの夢」という本の挿絵として、雨のニューヨークの風景を1枚描くことになっており、そのために3枚のラフスケッチを描きました。これは選ばれなかった2枚のうちの1枚のラフスケッチです。

    鉛筆でざっと描いただけのラフですが、佐藤さんはこれを見て「田上さんの鉛筆のラフっていいですよね」と、採用されなかったラフ2枚も本(出版前の試作本)の中に掲載してくれました。

    私には「本番として仕上げたもの以外をおおっぴらに見せるのは恥ずかしい」という思いがあるのですが、そういえば、以前も別のデザイナーさんから「鉛筆ラフもいい」と言われたっけ…と思い出し、恐る恐る「たまにはこういうのも!」と作ったのがこちら、というわけです。

    B5サイズくらいのラフを、A3まで拡大すると、鉛筆の線の勢いが際立ってなかなか面白い仕上がりになりました。リソグラフは色が使えるとのこと、せっかくなのでスミ線と同じ線を黄色にした版も作り、少しずらして印刷しました。

    鉛筆で本番を描くこともありますが「これが最終仕上がり」と思うと、どうしても力が入りがち…その反面、ラフは当然ですが、線自体に失敗も成功もないのでその点は気楽です。なんの気負いもなくざざっと描いた線が気持ちいい。

    本番でこんなふうに描くシリーズもやってみたいな…というか、いつかは本番もラフも下書きも、区別なくなるのが理想なのかもしれません。

  • 《 お仕事アーカイブ #2 》 ドゥ マゴ パリ カフェメニュー(ブックレット)

    前回に続きメニューの仕事の紹介です。
    こちらは2021年の「Bunkamura ドゥマゴパリ祭」に合わせて制作されたブックレットです。

    前回紹介したモスバーガーの仕事から20年。画材の幅が広がり、こちらのイラストは全てiPadで描きました。

    クライアントさんからの要望としては、細かな部分までリアルに伝えるというよりはイメージ的なもののほうが良いとのこと。オシャレな雰囲気も出したいですね。ざっくりとラフな感じで仕上げることになりました。


    手順としては、まずカフェで実際のお料理(フードと言うほうが一般的でしょうか)の写真を撮影させてもらい、それをもとにイラストを描きました。(料理の姿カタチや質感をより実感を持って把握するために、他の一般的なステーキやサラダなどの写真も参考にしました。)
    
ラフスケッチ、下書きから本番まで、ほぼiPadひとつで進めました。ちなみに、撮影させてもらった食事は全部、立ち会ってくれたクライアントさんと分けっこしながらとても美味しくいただきました。

    

iPadで描くといいことのひとつが、すごくラクに描けるということです…あ、この「ラク」というのはもちろん手抜きという意味ではなく、気分が楽でリラックスして描けるという意味です。失敗してもやり直しが簡単ですからね。お皿の丸い線をグルッと思い切って描けるのはiPadならではです。丸い線を描くのって私は苦手で、筆だとどうしても線が震えます(それが良い、というケースもありますが)。
    やり直しがきくと言っても、無限に直してるとだんだん仕上がりイメージがぼんやりしてしまうので、そこはしゃきっと。数回描いてその中でいちばん良いのを採用するようにしています。

    紙に水彩で描く場合(透明水彩を使い、あまり重ね塗りをしない描き方の場合)、絵の具のにじみや重なり具合は完全にはコントロールできません。もちろん、だからこその魅力は大きいし、偶然の要素も含めた仕上がりを優先する仕事もあります。(この場合も何枚か描いて良いのを選ぶことが多いです)
    ただ、このメニューに関しては、iPadでざくざく描くほうがより自由で印象も強いものに仕上げることができると考えました。

    このワインなど、かなりざっくりと描いています。ワインは必須オーダーではなく、「あれば楽しいかも」と打ち合わせの時に話をしたくらいのものでした。それも気負いなく描けて採用され、ブックレット全体がとても良い仕上がりになりました。クライアントさんからも喜んでいただけ、評判が良いと伺い嬉しかったです。

    カフェメニュー(ブックレット)にも掲載されているカフェのテラスのイラストは販促用のトートバッグにもなりました。グリーンの色の部分は、私がグレーで塗った部分を、ドゥマゴオリジナルのグリーンをデザイナーさんが色指定しました。こちらのトートバッグも好評で、パリ祭の後、秋のワインイベントの際に増刷されました。

    ドゥ マゴ パリのオープンは1987年。「パリ本店以外の初の海外1号店!」と、オープン時の華やかな評判はよく覚えています。雑誌「オリーブ」の表紙にもなりましたっけ。若いころは背伸びしてお茶しに行く場所でした。Bunkamura内の映画館「ル・シネマ」や美術館「ザ・ミュージアム」を訪れた後は「ちょっと贅沢してドゥマゴでお茶しようかな」と立ち寄ることもありました。鑑賞後の余韻とパリに憧れる気持ちが相まったときめきを思い出します。

    そのBunkamuraも2023年に現在の場所はいったんクローズになりました。これから先、あのパラソルの下でくつろぐ都会のオアシスが同じ形で登場することは無いのでしょうか…。寂しいけれど、その姿を描く仕事ができたことはとても幸せでした。

    ドゥ マゴ パリは場所を変え現在は「Bunkamura ル・シネマ 渋谷宮下」内で営業中とのことです。

  • 《 お仕事アーカイブ #1 》モスバーガー トレーマット

    ブログが新しくなった機会に、これまでの仕事のことも少しずつ書いていこうと思います。

    ホームページに載せる画像を整理しながら「そういえば、この仕事の時は…」と思い出しつつ「ひとつひとつの仕事のこと、これまで具体的に書いたことってなかったな」と。
    こちらの記事で、私がどのように制作したかを知っていただく一助になれば幸いです。

    1回目は「モスバーガー トレーマット」です。


    こちらはイラストコンペ「ザ・チョイス」に入選した私のイラストを見てくださった制作会社の方から依頼をいただきました。
    「ザ・チョイス」は雑誌「イラストレーション」主催の誌上イラストコンペ。イラストレーターの登竜門的な存在であり、たびたび挑戦するもなかなか入選に辿り着けない数年を経てやっと入選したのが2000年のことです。その時の入選作がこちら。藤田新策さんの審査の回でした。


    ハワイで撮った写真をもとに風景画を描いて個展(Holiday in Hawaii)を開催した直後で、個展のために描いた絵をそのまま応募しました。風景画をまとめて描いたのはこの個展が初めてで、それが思いのほか、自由に好きに描けたので「この絵ならもしかして」と手応えを感じつつ応募したことを覚えています。

    さて、モスバーガーの仕事。のびのびと好きに描いた絵が入選して、それが仕事にも繋がった!というのは想像を超えたとても大きな喜びで、それまでもイラストの仕事はしていたのですが、このとき「ようやくスタートラインに立てたのかも」という気持ちになりました。そんなわけで、これはとくに忘れられない仕事なのです。

    面白いのが、サラダやゼリーを描くきっかけとなった入選作に特に食べ物など描いていないところです。デザイナーさんからは「あの絵のような爽やかさが欲しいです」とリクエストをいただきましたっけ。夏らしさと、爽やかさ…それを感じていただけての依頼とは嬉しい限りです。しかし、改めて思えば、デザイナーさんも勇気がいったことと思います。仕上がりの具体的なイメージは無いうえでの依頼なのですから。

    コンペ入選作はキャンバスにアクリルガッシュで比較的こってりと描いたのですが、メニューは水彩でさらりと描いています。画材や仕上がりイメージについても、ラフスケッチの段階でデザイナーさんと共有し、やりとりをしながら進めました。

    さらりと描きすぎると、伝えたいディティール(コーンフレークやフルーツ、チキンなど食材の質感)が伝わらないので、水彩で描いた上から、ところどころ色鉛筆で細かな陰影やタッチをつけました。「爽やか、涼やか」と同時に「おいしそう!」なのも、言うまでもなく大事ですものね。

    下地になっているスケッチブック、フードはひとつひとつ別々に描き、原画をそのまま納品し、スケッチブック上のイラストや文字のレイアウトはすべてデザイナーさんにお任せしました。スケッチブックのブルーの影などけっこう繊細だったのですが、これもちゃんと再現されていて、仕上がりの実物もとてもきれいでした。(ちなみに描き文字は私のものではありません。涼やかな文字ですね。)

    モスバーガーのマットは目にしていただく機会も多かったため、知人から「見たよ」と言ってもらうことも多く、また、この仕事をきっかけに「食材、料理、メニュー」などの仕事もたびたびいただくようになりました。

    私は食べることが大好きなので、食事にまつわる仕事は楽しく、得意な分野のひとつです。
    実物に忠実に、そして実物以上に…と言いますか、写真には無い表現がプラスできるのもイラストならではの魅力だと思っています。それは食材やメニューが持つ雰囲気(この場合は爽やかさ、涼しさ)や美しさ、おいしさなど。「つるん」や「サクサク」「ふわふわ」などをリアルにイメージしながら描くと、それが美味しい要素として絵に反映される…と信じています。

    そしてこちらの仕事から20年以上が経った今、メニューイラストの画材はiPadを併用することも多くなりました。より細かいタッチもつけることができるようになりましたが、基本はやはり手描きです。100%アナログ以上にアナログらしい魅力や効果が出るように心がけつつ、お腹を空かせながら描いています。

  • 「嘘の真理」のイラストを担当しました

    単行本「嘘の真理(ほんと)」のイラストを担当しました。
    嘘のほんと…興味をそそられるタイトルです。こちらは、哲学者である著者が小学生に向けて行った講演会をまとめた一冊。

    表紙と、本文の扉ページにイラストが使われています。

    イラストは、いずれも本の中に登場する「嘘」のシーンです。その嘘をどんなイラストにするか…と考えるところから楽しい仕事でした。
    ちなみに、この上の本文イラストは、「友人から自分のデッサンの感想を聞かれたとき、あまり上手じゃなくても上手だと答える」という嘘です。
    自分にとっても馴染み深いデッサン室を思い出しながら描きました。フランスの本なので、登場人物もフランス人に見えるように心がけました。

    こちらは、「お父さんが飛行機の翼につかまって旅行している」という嘘。子供の嘘だからってわけじゃないけど、突拍子なくて笑ってしまう。こういう感覚をカラッとした、ちょっとおしゃれな印象になるようにと心がけながら描きました。


    ブックデザインは森裕昌さん。イラストを効果的に使ってくださり、本自体もとても素敵な一冊です。カバーを外したところもこんなに可愛いのです。ぜひお手に取ってご覧ください!

    「嘘の真理」 ジャン・リュック・ナンシー 柿並良祐訳 講談社選書メチエ le livre

  • ホームページをリニューアルしました

    さっそくご訪問くださりありがとうございます。
    新しいお家に引っ越しました。

    思い返せば、最初にホームページを作ったのは2002年。
    見よう見まねで自分でなんとか形を作り、続けてきましたが
    もっとお伝えしやすいものをと思いリニューアルに至りました。

    今回、ご縁あってTriveの塩谷さんにサイト制作をお願いしました。
    細かな注文も多い私のあーだこーだに粘り強くお付き合いくださり
    思った通りの、いえ、それ以上のサイトに仕上げてくださいました。
    心より感謝申し上げます。

    さて、こちらのブログ。
    SNSに頼って、これまでのブログは更新が滞りがちだったのですが
    リニューアルを機にこちらでもお知らせを続けていければと思います。

    過去のブログは閉鎖しますが、そこにいくつか書いていた
    映画の中の着物の記事だけ、こちらにぽつぽつ再録していきます。
    (読み返すと、あまりにアツく語っていて気恥ずかしいんですが…)

    これからもどうぞよろしくお願いいたします。


  • 高峰秀子の縞の着物@「女が階段を上る時」

    エッセイを読んだら、着物に相当なこだわりがありそうな高峰秀子。彼女が衣装を担当し、バーのママを演じている映画と知り興味津々でDVDを見ました。「放浪記」の非美人オーラ全開ぶりとはどれくらい違うんだろう…?

    高峰秀子演じる銀座のバーの雇われママ、圭子は水商売っ気があんまり無く、色仕掛けのあざとさなどとは無縁の雰囲気。あれ?夜の女王をゴージャスに演じてるのかと期待した私はちょっぴり肩すかしをくらった気分…いや、むしろ型にハマることなく、高峰秀子ならではの知性と上品さが生きる圭子ママは話が進むにつれ、どんどん魅力と美しさが増す女性なのでした。

    そして見どころのひとつ、セレクトされる着物も品が良くて、着こなしも含めて玄人さんぽくない。特に縞柄がお好みで、それもいかにも粋を狙うんじゃないおとなしい縞がほとんどでした。

    そんな圭子ママの趣味を印象づけるべく、最初のほうに「ママってほんとうに縞が似合うわ~」と別の店のママに褒められるシーンがあります。圭子のライバルであり友人でもある淡路恵子演じるユリの店でのひとこまです。

    話はそれますが、淡路恵子の若い頃の美しさは格別!だと思います。たいてい水商売か、進歩的な都会の女性の役で登場しますね。どんな場面でも淡路恵子が登場するとパーッとその場が華やかな別世界に塗り替えられるように感じて、その時はいつも心の中で拍手喝采。今回、2人のママが喫茶店でくつろぐシーンでは、煙草を持つ手でシュガーポットの砂糖をコーヒーに入れて、スプーンをかき回す流れるような一連の手の動きがあまりに美しくて見とれてしまいました。

    …あ、いけない、圭子ママの話でした。喫茶店の前には馴染みの呉服屋に寄って「クリスマスに間に合うように新しいのを作りたいけど・・・」と反物を広げて品定めをしたりして。手に取るのはやっぱり縞なんですね~。出勤前の銀座のひと時です。

    水商売の世界にずっと違和感を感じながらも、売り上げアップのために奔走する圭子。店のオーナーの大ママからは「その着物、ちょっと地味じゃないの」とダメ出しされるし、いろいろ苦労が絶えません。上前と下前を違う生地で仕立てるのって、この頃から普通に(?)あったんですね。私には奇抜でじゅうぶん派手に思えるけど…。

    この時、お客で来てるのは加東大介演じる小さな町工場の社長。加東大介も、古い映画を見るようになって初めて知った俳優です。何か映画を見るたび登場すると言ってもいいくらい、様々な役で登場します。一度見たら忘れられない顔だし、善人も悪人も、金持ちも貧乏人も、どれを演じても馴染むからすごいな~と思ってました。ググってみたら梨園がらみの役者一家の出と知ってビックリ(沢村貞子の弟で津川雅彦の伯父さんだったとは)。この映画でも、またすごくイイ役なんですよね~。

    夜の世界に染まりきれない役どころゆえか、リッチな自宅で普段着の着物(これも縞)+半纏の上からエプロン姿のほうがしっくり来る圭子ママ。団令子演じる店の女の子に朝食を作ってあげて、いっしょに食べながら恋愛観や亡くなった夫のことを語るシーンが好きでした。時々、こんなふうに華やかな表の顔じゃない部分が挟まれ、グッと来るのです。養わなきゃいけない家族が居ることなど、背負ってるものもだんだん見えてくる。

    …と言っても、映画の中心はもちろんバー。葛藤を抱えつつ、ママ道を誇り高く行く圭子の姿がいい。上品できりりとした縞の着物が彼女そのものなのですね。店の中の人間関係や、行き来するお客のさまざまな生き様が描かれ(マネージャー役のフレッシュな仲代達矢はカッコいいし、大旦那って感じの中村鴈治郎もさすがの貫禄)当時の銀座のバーという大人文化を垣間見れるのも楽しいです。

    いろんな店があったんだろうけど、手の届かない高嶺の花と言うより、わりと誰でも気軽に楽しめる社交場って印象でした。圭子ママとユリママの店に飲みに行きたいわ(映画の中では女のお客なんて居なかったけど)。お洒落でホロ苦い大人の映画でした。