2024年8月

  • 「ゼロから分かる!JAZZ入門」の繁体字版ができました

    このたび表紙イラスト、本文イラストを担当した「ゼロから分かる!JAZZ入門」の台湾の出版社による繁体字版ができました。

    左が通常盤、右が博客来(台湾最大手のネット書店だそうです)限定カバー、内容は同じです。

    カバーも本文もレイアウトは日本版オリジナルとは違いますが、イラストは同じものが掲載されています。

    日本版はこちら。好評で三刷だそうです!

    そうそう、ちょうど、「ニューオリンズ行進曲」を読みはじめたタイミングで繁体字版が届きました(私が関わってる本というわけじゃないですよ・笑)。いちどは訪れたいニューオリンズ!私自身、もっとジャズと仲良くなりたいです。末長く気楽にネ。

  • 大原スケッチ旅行と風景画

    前回は軽井沢(信濃追分)でのスケッチの思い出をお話しました。イラストレーターとして仕事を依頼されるようになったきっかけも風景画だし、やはり風景を描くのには特別な思い入れがあります。今回はそのあたりの雑談を。

    とにかく一貫して「外」を見るのは好きです。イイ眺めがあればそれだけでかなり幸せ、だから鈍行列車のボックス席が好きだし(延々と外を見られるから)、入院した時の大部屋のベッドが窓側じゃなかった時にはすごくソンした気分でした。

    で、その「眺め」はべつに風光明媚とかじゃなくて全然よくて、何か見て「ああ、これイイね!」と感じるタイミングは歳を重ねるにつれ、増えている感覚があります。いいねと思う幅がだんだん広がってるというか。そこらのどーってことない風景にこそグッと来たりする、こういう風景を感じる力(というものがあるとすれば)、これは間違いなくセツ・モードセミナーに育ててもらったなと思ってます。

    私は、セツ・モードセミナー(以下セツ)という学校(というか画家の長沢節の私塾のような場所)に通っていたんですが、セツでは毎年、千葉の大原という漁港へスケッチ旅行に行きました。信濃追分と大原、いいですねぇ、どちらも何もない(笑)。

    長沢先生は大原を「日本のコート・ダジュールだよ!」と常々おっしゃってたので初めて行く時は「どんなに素敵なところだろう」とワクワクしました。ところが、行ってみるとホント鄙びた田舎の漁港なんですよね…もう、がっかり。信濃追分は何もなくとも、爽やかな避暑感から滞在そのものが気持ちよかったんですが、大原にはそれもない。あるのは海と船と、荒っぽい漁師のおっちゃんと大衆食堂。それでも、なんとか絵を描きましたが、全然おもしろくなかった。「もう、早く帰りたい」と思いました。(ってこととは、信濃追分は絵を描くのが楽しかったんじゃなくて、場所が好きなだけだったんだな)

    スケッチ旅行後、学校では皆が描いたスケッチを持ち寄って品評会が行われます。すると、そこにはまさにコート・ダジュールを描いたがごとく素敵なスケッチ(セツでは「タブロー」と呼びました)の数々が!これはショックでした。このシックな絵を描いた人も、あっちのおしゃれな絵を描いた人も、私には見えないものが見えているんだと。

    でも、その時点ですぐに「見方をかえればいいんだ」と舵を切り替えることはできませんでした。長沢先生も「自分でおもしろいものを、描きたいものを見つけるんだよ」的なことをいつも言ってだけど、うーん?ピンとこなかったです。褒められる人の絵を見ては「なんでこんな上手な絵がかけるんだろう?」で止まっていました。

    それから何年も、ぼんやりと大原に行き、セツの同級生たちと有志で横浜にスケッチに行ったりもしましたが、風景を描くのは上達しませんでした。合評会では「この人は、あまり絵をわかってないね」と言われたことも。セツに居た間、けっきょく最後まで上手にならなかったんじゃないかな。

    大原で撮った写真はあまりないのですが…。
    こんなふうに、イーゼルを立てて好きな場所で描きました。写真に写ってるのは友人です。

    話は逸れますが、セツに通ってたころ、大学の同級生(国文科の)から「絵を描いてると、目に入るものすべてが絵画的に見えたりしない?」と聞かれたことがありました。その時は「まさか!ぜんぜんそんなことないよ」と慌てて答えたんですが、その友人はピアノがプロ級で芸術一般に造詣が深いタイプだったので「なんか、そういう捉え方ができるのってさすがだな」と思いました。当時、ハッとさせられた一言だったんですね、その時のやりとりは今でもよく覚えてます。

    それからセツを卒業し、イラストレーターへの道を模索する時間を経て、風景が自分の一部のように感じられ、描けるようになるまで10年近く。どの時点で何がどんなふうに変化したのか自分でもよく分かりません。コップに雨垂れがポツポツと溜まるように、見る目が育ってきたのか…そう言うとカッコよすぎな気がしますが。としたら、その下地にどっしりと、セツで見聞きしたことがあると感じます。在学中はスッと入ってこなかった、理解できなかったあれこれが、あとからじわじわと効いてくる…沈んでいた何かがふっと浮き上がってきた感じと言うか。

    あとは景色を眺めることそのものは変わらず好きだったので、その「好き」の気持ちが引っ張ってくれたようにも思います。好きでも、それが筆となんとか結びつくまでは、ずいぶん時間がかかったということかな….なーんて言うとすごい名手みたいで恥ずかしいですね、すみません。名手どころか、今もまだまだ道の途中です。

    ただ、今では、何を見ても自然と絵のように見えるようになりました。同級生の彼女に遅れること数十年、ようやく私も少しずつ世界が美しく見えるようになってきた、と報告したら「今ごろやっと?」と笑われるかな。
    ちょっと大袈裟だけど、言ってみれば毎日がディズニーランドなのです。何を見てもきれいでおもしろい。この感覚が得られただけでも、ものすごく得してる(年パス買わなくていいですから・笑)、絵を描いているおかげで引けたいちばんの「当り!」かも、と思っています。

  • 残暑お見舞い申し上げます

    お盆休み最中ということで、今日は「夏休み」をお題に雑談(いつも雑談ですが)を。

    夏休み、もちろん大好きです。小学生の頃は、こっちは夏休み中なのに仕事に出かける父を見て「大人は夏休み無しでよく生きてられるな」と感心しつつ、「いつかは私もそうなるのか…」と想像するだけで暗澹たる思いでした。

    さて、無理やりというか、絵に結びつけて夏休みを振り返るとき、最初に思い浮かぶのは信濃追分の風景です。信濃追分は賑やかな軽井沢からはちょっと離れた場所なんですが、そこに、通っていた中学&高校(私は中高一貫校に通ってました)の寮があり、中高通して美術部だった私は毎年、クラブ合宿に参加という形でその寮に滞在しました。

    滞在中は、美術部の合宿なので当然、絵を描くわけです。信濃追分はなんにも無いのが魅力なところ。ポツポツと別荘があるくらいで、あとは木々が茂ってるだけです。ちょっと歩くと浅間山がきれいに見える開けた場所もあり、そんなところでみんな、思い思いにスケッチをしたものです。たまには先生引率で小諸まで出かけたこともありましたね。

    たしか高2まで毎年行ってたから、5年間。それななりにスケッチも溜まったはず。でも、さあ?何を描いたんだったか…実家にそのころのスケッチなんて残っているでしょうか。たいしてうまくもないだろうし、さほど熱心に描いた覚えもありませんが、あればちょっと見てみたい。

    手元にスケッチがないので、1996年に撮った写真を。この時は寮の食事係のバイトでしばらく滞在したのでした(そんなに信濃追分がスキなのか?)。合宿に来る子たちの食事は、卒業生(おもに家政科へ進んだ子たち)が作ることになっていました。私は家政科じゃなかったけどうまく潜り込み、避暑感覚で過ごさせてもらいました。これもすでに懐かしい。

    戸外でスケッチしたいなと思うことが時々あります。スケッチはとにかく無心になれる、その時間を過ごしたいなぁ、と。描く対象とドーンと向き合って、見えたままを率直に描くことを淡々とやりたい。絵の具のセットとかイーゼルとか、荷物をどうする?水くめる場所ある?とか、いろいろ考えて準備しなきゃですけどね。秋になったらどこか行こうかな?

    〈最後におまけ。最近描いたスケッチ、トルコ桔梗です。もちろん家の中で。〉

  • 《 お仕事アーカイブ #5 》 どうぶつイラストあれこれ

    前回取り上げた「赤玉ジャパン」のナビゲーターの猫、「にゃぱん」は着物だけじゃなく、ぬか漬けも得意。張り切ってレクチャーしていました。「へー、ぬか漬けってそうなんだ!」と感心して見てるのは「ワンくん」。
    こういった動物のイラストもあれこれ描いてきたなーと、今回は動物イラストをいくつかご紹介します。

    動物を擬人化して描いた最初の仕事はこちらでした。雑誌「ミセス」の「眠り」特集です。眠りと言えば羊…で、編集者さんから「羊が主人公になって、ベッドメイキングをしていたりするのをイメージしてます」とうかがい、ラフのやり取りをしつつ相談しながら作ったページでした。改めて羊を調べると、種類もたくさんだし…どう描こうか?と試行錯誤でしたが、それも楽しみつつ進められた仕事でした。

    肌が黒い羊にしたのは、そのほうが誌面で映えそうだったから。自分から黒い羊を描いて提案しながらも、打ち合わせで「あ、でも…黒い羊がシーツ触ってたりすると、不潔な感じがしますか?」と少し遠慮がちに聞いたら、「あはは、関係ないですよー、そんなこと言ったら、動物が触ってる時点で不潔じゃないですか」と、笑われましたっけ。(ホッ。。。)

    こちらは、教育雑誌の挿絵に描いた「狼と7匹の子やぎ」の挿絵。

    「鳥獣戯画」がテーマの企画展のために描いた「お花見伊勢うどん」。どうぶつがいっぱいです。「伊勢うどん友の会」のキャラクターのたぬきといっしょに、鳥獣戯画に登場するうさぎ、かえる、きつね、さる、を描きました。へびや亀は単に私の好みです。

    メインじゃないけど、動物が目をひくことになったイラストもあります。この「赤ずきん」も企画展のために描きました。絵を購入してくださった方が「襲うはずの狼が、見守ってるみたいでウケる」とおっしゃってたそうです。気に入ってくださったのはすごく嬉しいけど、「そうか、ほんとはもっと怖く描くべきだったかな…」とちょっと反省したり。

    ヘビもイグアナも好きです。「ガラパゴス」と聞いて反射的にイグアナが思い浮かび、そこから絵のイメージができたのがこちらです。

    動物を描くのは掛け値なしに楽しいし、じつは人間よりずっとリラックスして描けるのです。なんでだろう?と少し考えてみたんですが、私は人間に「かわいい」要素を盛り込むことに照れ臭さがあるような気がしました。動物ならうんとかわいく描いても許されるように感じるのかも…ということは、私は「かわいい」がもっと描きたいのかもしれません。

  • 《 お仕事アーカイブ #4 》 「赤玉ジャパン」に書いた、着物のしくみ

    映画の中の着物に惚れぼれした後は、着物のしくみのことも少しお話したい…というわけで、友人が主宰していた「赤玉ジャパン」という海外旅行者向けサイト(日本文化の紹介がメイン)のために書いた記事とイラストをこちらに再掲させてもらいます。「にゃぱん」という猫がナビゲーターでがんばってます。

    着物って合理的で無駄がないのも、私が着物好きな大きな理由です。仕立て方といい、着方といい、すべてにおいてすごくすっきり、腑に落ちる感覚がある。着物を畳むのなんて、もはや快楽と言ってもいいくらいです(ぱたぱたと折り畳むと、どれもほぼ同じサイズのペラっとした長方形になる気持ちよさったら!)。
    そんな気持ちを、またまたアツく語った一編、よろしければお付き合いください。

    *赤玉ジャパンのサイトはこちら

    ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

    ふだんはジーパンを愛着してるけど着物も大好き!そんなにゃぱんが、着物のいろはをレクチャーします。
    着物って、実際に手に取って着てみると、何枚もの長方形の布から出来てるのがよく分ります。こんなふうに(図1)反物を裁断して、縫い合わせてるんですね。女性の反物のサイズはだいたい、幅が37~38センチ、長さが12~13メートルあります。身長170センチくらいまでの人なら、これで一着作れます。

    仕立てる時は、もちろんサイズ(背の高さ、腕の長さ、ヒップ)を測るけど、洋服ほど厳密じゃないんです。なぜなら自分にピッタリのサイズじゃなくても、着るときに調整できるから。裾の長さを調整するには「おはしょり」という独特の方法があります。くるぶしよりも長く余ってる裾を、ウエストのあたりで折り畳みます。じゃあやバストやヒップサイズは?それも大丈夫!着物は巻き付けて着るので、太ってる人は巻き込む量を少なく、やせてる人は多くすればノープロブレム。(図2)

    もちろん、ピッタリのサイズで作れば無理なく着れるし、きれいなのですが、多少のサイズ違いはどうにでもなる!のが着物の魅力のひとつだとにゃぱんは思います。

    そのうえ、ほどきやすい縫い方をするので縫う前の状態に戻すのも簡単。サイズ調整をしながら縫い直しができるようになってるんですよ。だから、おばあちゃんの着物でも100年前のアンティークの着物でも、現代の人がリメイクして楽しめるわけ。これってすごく合理的!

    多少の違いはあれど、着物の仕立て方は男女ともほとんど同じ。デザインはずーっと変わりません。その代わり、着物や帯にする布の種類や色、柄のバリエーションはものすごく多種多様。日本各地に、その土地それぞれの名産とされる布があるんですよ。にゃぱんはいつか日本各地の布の織元を訪ねる旅をしたいなーと思っています。

    さて、こんなふうに直線的に作られてる着物なので、収納もらくらく。ハンカチみたいに四角くコンパクトに畳めて重ねてしまえるからかさばりません。畳んだ折り目は縫い目に沿ってるので、にゃぱんの嫌いなアイロンがけの必要も無し!広げてすぐ着れます。これもなんて合理的なんでしょう。

    単一的な形の着物だけど、ちょっとした着こなしの違いで、同じ着物でも全然違って見えるのも面白い。ここでセンスが問われるニャ!と、自分なりの工夫を重ねるうち、どんどんその魅力にハマっちゃうわけです。身にまとうと現れる立体感や動きに合わせて自由自在に変わる形は、浮世絵などでもおなじみです(図3)。

    着物ならではの季節感あふれる模様やきまりごとなど、おしゃべりしたいことはまだたくさん。それはまた次の機会に・・・