2024年8月23日

  • 大原スケッチ旅行と風景画

    前回は軽井沢(信濃追分)でのスケッチの思い出をお話しました。イラストレーターとして仕事を依頼されるようになったきっかけも風景画だし、やはり風景を描くのには特別な思い入れがあります。今回はそのあたりの雑談を。

    とにかく一貫して「外」を見るのは好きです。イイ眺めがあればそれだけでかなり幸せ、だから鈍行列車のボックス席が好きだし(延々と外を見られるから)、入院した時の大部屋のベッドが窓側じゃなかった時にはすごくソンした気分でした。

    で、その「眺め」はべつに風光明媚とかじゃなくて全然よくて、何か見て「ああ、これイイね!」と感じるタイミングは歳を重ねるにつれ、増えている感覚があります。いいねと思う幅がだんだん広がってるというか。そこらのどーってことない風景にこそグッと来たりする、こういう風景を感じる力(というものがあるとすれば)、これは間違いなくセツ・モードセミナーに育ててもらったなと思ってます。

    私は、セツ・モードセミナー(以下セツ)という学校(というか画家の長沢節の私塾のような場所)に通っていたんですが、セツでは毎年、千葉の大原という漁港へスケッチ旅行に行きました。信濃追分と大原、いいですねぇ、どちらも何もない(笑)。

    長沢先生は大原を「日本のコート・ダジュールだよ!」と常々おっしゃってたので初めて行く時は「どんなに素敵なところだろう」とワクワクしました。ところが、行ってみるとホント鄙びた田舎の漁港なんですよね…もう、がっかり。信濃追分は何もなくとも、爽やかな避暑感から滞在そのものが気持ちよかったんですが、大原にはそれもない。あるのは海と船と、荒っぽい漁師のおっちゃんと大衆食堂。それでも、なんとか絵を描きましたが、全然おもしろくなかった。「もう、早く帰りたい」と思いました。(ってこととは、信濃追分は絵を描くのが楽しかったんじゃなくて、場所が好きなだけだったんだな)

    スケッチ旅行後、学校では皆が描いたスケッチを持ち寄って品評会が行われます。すると、そこにはまさにコート・ダジュールを描いたがごとく素敵なスケッチ(セツでは「タブロー」と呼びました)の数々が!これはショックでした。このシックな絵を描いた人も、あっちのおしゃれな絵を描いた人も、私には見えないものが見えているんだと。

    でも、その時点ですぐに「見方をかえればいいんだ」と舵を切り替えることはできませんでした。長沢先生も「自分でおもしろいものを、描きたいものを見つけるんだよ」的なことをいつも言ってだけど、うーん?ピンとこなかったです。褒められる人の絵を見ては「なんでこんな上手な絵がかけるんだろう?」で止まっていました。

    それから何年も、ぼんやりと大原に行き、セツの同級生たちと有志で横浜にスケッチに行ったりもしましたが、風景を描くのは上達しませんでした。合評会では「この人は、あまり絵をわかってないね」と言われたことも。セツに居た間、けっきょく最後まで上手にならなかったんじゃないかな。

    大原で撮った写真はあまりないのですが…。
    こんなふうに、イーゼルを立てて好きな場所で描きました。写真に写ってるのは友人です。

    話は逸れますが、セツに通ってたころ、大学の同級生(国文科の)から「絵を描いてると、目に入るものすべてが絵画的に見えたりしない?」と聞かれたことがありました。その時は「まさか!ぜんぜんそんなことないよ」と慌てて答えたんですが、その友人はピアノがプロ級で芸術一般に造詣が深いタイプだったので「なんか、そういう捉え方ができるのってさすがだな」と思いました。当時、ハッとさせられた一言だったんですね、その時のやりとりは今でもよく覚えてます。

    それからセツを卒業し、イラストレーターへの道を模索する時間を経て、風景が自分の一部のように感じられ、描けるようになるまで10年近く。どの時点で何がどんなふうに変化したのか自分でもよく分かりません。コップに雨垂れがポツポツと溜まるように、見る目が育ってきたのか…そう言うとカッコよすぎな気がしますが。としたら、その下地にどっしりと、セツで見聞きしたことがあると感じます。在学中はスッと入ってこなかった、理解できなかったあれこれが、あとからじわじわと効いてくる…沈んでいた何かがふっと浮き上がってきた感じと言うか。

    あとは景色を眺めることそのものは変わらず好きだったので、その「好き」の気持ちが引っ張ってくれたようにも思います。好きでも、それが筆となんとか結びつくまでは、ずいぶん時間がかかったということかな….なーんて言うとすごい名手みたいで恥ずかしいですね、すみません。名手どころか、今もまだまだ道の途中です。

    ただ、今では、何を見ても自然と絵のように見えるようになりました。同級生の彼女に遅れること数十年、ようやく私も少しずつ世界が美しく見えるようになってきた、と報告したら「今ごろやっと?」と笑われるかな。
    ちょっと大袈裟だけど、言ってみれば毎日がディズニーランドなのです。何を見てもきれいでおもしろい。この感覚が得られただけでも、ものすごく得してる(年パス買わなくていいですから・笑)、絵を描いているおかげで引けたいちばんの「当り!」かも、と思っています。