頭の中にいつの間にか住みついた言葉、ってのがあります。美辞麗句とか格言とかじゃないけど、時々ふっと浮き上がってくる。
当然、絵にまつわる言葉もその中にはあって、そのひとつが「ピアノの音なんてぜんぜん聞こえてこない」というもの。これは赤瀬川原平がルノワールの「ピアノによる少女たち」という絵を解説した一節です。ここでは「名画」と言われるこの絵がけちょんけちょんに評されてます。

これは20代のころ、出会った本の中で読みました。西洋絵画(おもに近代)の「名画」を取り上げて、それを「自分はこう見てる」と著者の視点で解説していく本だったのですが、これが面白くて面白くて「目からウロコ!」と感動したんですよね。
この本、たぶん今でも実家のどこかにあると思うのですが、感動したわりには題名も忘れてしまい、ルノアール以外にどんな画家が取り上げられていたか?も、うろ覚えなくらいだったんですが、先日ふと気が向いて「もう一度読みたい」と検索しました。「赤瀬川原平の名画読本」という本でした。(今はこういうの、ちょとした手がかりですぐ分るのがありがたい)
で、さっそく近くの図書館で借りて読みました。30年ぶりかな?今読んでもすごく面白い、共感します…というか、「この本に多くのことを教えてもらったんだな」と感無量でした。表面的には忘れてしまったことが多いけど、すごく影響を受けていたんだなと。若くて暗中模索だった私には沁み入るような言葉の数々だったんだろうと思います。
ルノアールに話を戻すと…本は全部で15章、15枚の絵が取り上げられてますが、その中で辛口批評なのは2枚だけ、件のルノアールと、アングルの「泉」に対してだけです。(称賛する絵がほとんど。その言葉も豊かで素晴らしい)
ルノアールのをもう少し引用すると
“下手な絵である。色が汚くて、筆先が説明ばかりしている。ピアノの音なんてぜんぜん聞こえてこない〈中略〉この絵は下手なだけで、どこといって面白くもなく、鮮やかなところは何もない”
(「赤瀬川原平の名画読本」赤瀬川原平著 より
この後、具体的に「どこがどう汚いのか」という指摘が続き、そこから画家が社会に迎合すること、常識や見栄との馴れ合いの怖さへの言及となるのですが、当時の私には「ピアノを描いてるのにピアノの音が聞こえない、そんな絵はダメなんだ」というメッセージが何よりも心に残ったのです。
もう少しさかのぼって思い出話を続けると…とにかく多くの展覧会を見に行っていたティーンエイジャーのころは当然ルノアールもいろいろ見ていました。ふくよかすぎる裸婦は好きじゃなかったけど「ムーラン・ド・ラ・ギャレット」には「わー!」と高揚した気持ちを覚えてます。キラキラした光が差し込んでるように、そこだけパッと明るいように感じた。(赤瀬川さんも「ムーラン」は「まあいい」と言ってるので、ちょっとホッ・笑)
いっぽうアングルの「泉」。これは西洋美術館で開催されていた「アングル展」で実物を見ました。当時中学生の私は、赤瀬川原平が言う通りそのままの反応で「うまーい」「水もすごーい」「つるつるー」と、絵として「きれい!」だと感じ入った記憶があります。たしか図録も買って帰ったんじゃなかったかな。それが、この本では「風俗営業の入口にぴったりの絵」ですと。あらら。

また、この本には絵を描く楽しさを思い出させる描写も多く、それが今の私にはいちばん響きました。









