2025年2月

  • 《オリジナル作品アーカイブ#2》 ”Holiday in Hawaii”

    さて、前々回のブログで「久保田麻琴を聴いていた時期と重なる」と書いた個展のことを、今回は紹介します。

    2000年に高田馬場のBen’s Cafeで開催した”Holiday in Hawaii”という個展。もう20年以上前なんて、改めてびっくりですが…この個展がまとまった数の風景を描くきっかけとなり、その後のイラストレーターとしての仕事につながっていったので、自分の原点だと思っています。

    *個展の絵は、ギャラリーページからご覧ください →【オリジナルイラスト】”Holiday in Hawaii”

    この個展の前は「なんとかイラストが仕事になるように!」との一心で、人物イラストを試行錯誤で描いていました。「仕事になりやすいのは人物イラストだから、これがうまく描けなきゃダメだ」と思ってたんですよね。スタイリッシュ(…は苦手だけど、それを目指して)な女性イラストを描いて、女性雑誌に売り込みに行ったりしていました。でも私には「おしゃれ」なイラストはとても難しい…無理を重ねて描いても、「これこれ!私の絵、見て見て!」というところまでいかない。うー、せっかく描くならもっと自分らしい絵が描きたいのに…と、長い間モヤモヤしていました。

    そんな時に、友人が個展をするというので訪れたのがBen’s Cafeでした。店名どおりニューヨーク出身のBenが経営するそのカフェはすごく居心地が良く、いっぺんで気に入りました。ブルックリンのカフェみたい!外国の匂いが大好きな私はワクワクしてしまうような、ざっくりとおおらかでオープンな雰囲気。後で知ったけど、カフェは詩のリーディングイベントなども開催する「場」でもありました。

    友人ののびのびした画風ともよく合っていて「ここ、すごくいいね」と話を聞くと、展示するカフェの壁は無料で貸してくれるとのこと。これはいい機会かも!と、友人を介してギャラリーの担当の人に会い、とんとん拍子で私もそこで個展をやらせてもらうことになりました。ただ、けっこうな急展開で、個展準備期間は2ヶ月くらいしかありませんでした。

    そんな短い期間で、方向性も何も決まってないのに大丈夫?いや、その時は不思議とあまり心配にはならず、とにかく新しいことをやってみたいという気持ちが勝ちました。で、何を描こうかな?と考えていたときに、ふと別の友人が「前、ハワイの写真見せてもらったよね、あれを描いたら?」と、すごく気楽に(他人事という感じでふわーっと・笑。それがよかった)言ってくれ、それが引き金となりました。あぁ、風景画か…うん、いいかも!

    ハワイに行ったのは、その時から遡ることさらに4年前。まさか絵に描くことになるなんて夢にも思わず、テキトーに目につく風景を撮った写真があったのです。ハワイはその時が初訪問でした。ヨーロッパ贔屓のオリーブ少女くずれ(?)だった私は「ハワイなんて」とちょっとバカにしつつも友人たちとワイワイ訪れたのですが…すみません、ハワイのすべてがショックを受けるほど琴線に触れました。甘くてノスタルジックな空気と、風と、乾いた風景、それが明るい茶色のフィルターを通して見るような独特の色に感じられ、とにかく心地よかった。

    なので「ハワイの絵を描いたら?」の一言に、ぱーっと目の前が開けたように感じました。おもしろそう、きっといい絵が描けそう、と確信が持てたのです。
    試しに…と、それまで使ったことのないアクリルガッシュでキャンバスに描いてみると、思ってもみなかったような、自分でも好きな絵が描けました。筆を動かしたら描けてしまったという感じ。

    まず、キャンバスにアクリルガッシュを塗る、それ自体が「絵を描いてる」という感覚で気持ち良かったです。キャンバスに絵の具が乗っていく感覚、筆の感覚が楽しい。あと、アクリルガッシュの特性として、いくらでも上から塗り重ねて修正が効く、というのも性にあってました。私は失敗にビビるので「いくらでも描きなおせる」という気楽さが最高でした。最初の絵を仕上げて「えぇ?描けちゃった!絵って不思議、面白いな〜」と、まさにキツネにつままれたような感覚でした。だって別段、こういう絵を描こうと研究したり試作を重ねたりしてたわけじゃなかったんですから。(この最初の絵は、トップ写真のDMの絵です)

    その後は、ひたすらこの楽しさを持続させることに注力しました。その心持ちの基盤となったのが「ギャラリー場所代がタダ」ということです。はい、ここでも「気楽さ」。これに助けられるんですねぇ、私は(と、いまさら再発見)。肩の力を抜いて取り組めたのが本当に有り難かったです。この「どうせタダだし、誰も見にこないし」という前提のおかげで終始楽しく描けました。「誰も見にこない」というのは、ちゃんとしたギャラリーじゃない(って言いかたはBen’s Cafeに失礼ですね、スミマセン)から、仕事関係の人に必死にプロモーションとかしなくてもいい、って意味です。「ここで展示したところで、誰も何も私に期待してないし」っていう…「戦う場所じゃないんだから好きに遊べばいい」って感覚でした。

    なので、仕事を一切意識せず「好きなものを好きに描こう」と、それだけを思って進めました。「枚数も揃わなくてもいいや」とも。だから、描いていてちょっとでも苦痛になったらすぐ筆を止めよう、と。でもこれも幸せな逆効果で、どんどん描けたんですよね。

    結局、全部で20枚近い絵を描きました。写真にあるように、大判(850㎜X660㎜)の額に合わせた大きい絵も何枚か仕上げました。これは厚紙にジェッソを塗ったものに描きました。広い部屋も無かったので、キッチンの床に新聞紙を広げて、そこに直接紙を置いて描いてました。これも楽しかったなぁ。「広いアトリエっていいな」と妄想することもあるけど、この原体験があるから「ま、どこでも絵は描けるサ」って基本、思ってます。大きい絵以外はF6〜F8くらいのサイズのキャンバスがメイン。今でもこのサイズが変わらずやっぱり描きやすいです。

    自分で言うのもなんですが、よく描きましたね。当時はギャラリーで働いてもいたし、どう時間をやりくりしたんでしょう…若かったから(←それなりに)できた、と言えばそれまでですが。思い返すとあんなふうに絵を描けた2ヶ月間は奇跡のように感じられます。

    そして、そこで描いた絵が雑誌「イラストレーション」の公募コンペ「ザ・チョイス」で入賞して、仕事のきっかけとなった話は、前にこのブログにも書きました。

    
*《お仕事アーカイブ#1》モスバーガー

    さて、このBen’s Cafe。残念なことに、もう何年も前に建物自体も無くなってしまいました。ついつい思い出話、ノスタルジックな昔話になってきちゃいましたが…「またあんなふうに絵が描けたら、もうそれだけで何もいらない!」と、最近たびたび思うのです、ちょっと本気で。

    ↑これは、個展に来てくれた人へのお礼状として作ったポストカード。Ben’sCafeのテラスから見るカフェ向かいの家の門と、マンションです。個展期間中はカフェに入り浸り、この風景が友達みたいになりました。たしか、この家もマンションも、今はもう無い…と思います。

  • ラジオ番組「テイスト・オブ・ジャズ」で「教養としてのジャズ」特集

    先日、2月23日に放送されたラジオNIKKEIの「テイスト・オブ・ジャズ」では、私がイラストを担当した単行本「教養としてのジャズ」を取り上げ、監修の村井康司さんがゲスト出演されました。

    そしてなんと!村井さん、編集者の池上信次さん、番組パーソナリティーの山本郁さんのお三方が、イラストにもたくさん触れてくださいました。

    「ジャズミュージシャンの似顔絵がチャーミングでよく似ていて」「似てるだけじゃなくてスタイルのある絵で」…と、嬉しすぎるお言葉の数々…😭✨そして「じつは、楽器も、ものすごくちゃんと描いている」と、そこを褒めてくださったのにも感激でした。(アルトサックスなど、構造が複雑で描くのに少し苦労したのでした)

    すみません、嬉しすぎて自分の話ばかりまくしたててしまいましたが、本の魅力が伝わり、ジャズがもっと知りたくなる素敵な30分でした。本のキーとなるジャズもたっぷりかかりましたよ。ぜひ、タイムフリーで聴いてみてください。

    ↓radikoタイムフリーはこちらからどうぞ↓
    テイスト・オブ・ジャズ | ラジオNIKKEI第1 | 2025/02/23/日 19:00-19:30

    ↓ギャラリーページで、イラストも一部ご覧いただけます↓
    「教養としてのジャズ」

  • 久保田麻琴を聴くとき

    ピンポイントギャラリーで開催中の「100人展」は、明日(2/22)までとなりました。よろしければぜひお立ち寄りくださいませ。

    というわけで、「100人展」のために描いた、金延幸子の絵はこのブログでも紹介しました。で、その続編ということで、久保田麻琴も描きました。

    金延幸子作詞・作曲の「時にまかせて」ですが、最初にこの曲を聴いたのは久保田麻琴の歌唱で、でした。たまたま出会った「Load to Louisiana」というHarry and Mac(細野晴臣と久保田麻琴)のアルバムの中の一曲として。

    このアルバムを繰り返し聴いていたのは、個展の絵を描いていた時期と重なります。2000年に「Holiday in Hawaii」という、ハワイの風景で構成された個展を開催しました。この個展で初めて風景をまとめて描き、それが仕事につながっていったので、私のイラストレーターとしての第一歩とも言える展示となりました。
    そんなこともあり、久保田麻琴の声を聴くと当時の広々とした気分を思い出します。好きに絵を描くってこんなに楽しいのかと思いながら毎日個展のための絵を描いていました。縮こまってしまった時には、思い出したい気持ちです。
    先日、ラジオで高橋源一郎も「触れると、必ず元に戻れるような小説や映画や音楽がある。枯れた水が湧き上がってくるような」(←大意です)と話していました。すごくわかります。私にとっての久保田麻琴もそんな大事な存在です。

    個展「Holiday in Hawaii」は、次回のブログで紹介しますね。

  • 1969年の紅白歌合戦を見て

    さささと楽しみのために描いた絵も、ときどきこちらに載せます。

    先日、NHK(地上波)で第20回紅白歌合戦(1969年)を全編放送していました。69年と聞いて、すぐにこの年のヒット曲が思い浮かぶほど詳しくはありませんが、さぞ歌謡曲が華やかな時代で見応えがあるだろうと録画しました。

    素晴らしかったです。全部で3時間ちょっと、「途中飽きるかな?」と思ったのですが、いざ見始めるとすべてが見どころという感じで目が離せませんでした。めくるめく3時間。
    私が2才の時の放送なのでもちろん覚えてはおらず、「懐かしさ」は全くありません。そんなものよりむしろ、最高に素敵な異国に紛れ込んだような感覚。「なにここ、どこ?うわー!」という感じ。

    で、素敵な国のかわいい人はさっそく描きたくなる♡というわけで、この年初出場の3人を描きました。奥村チヨ、いしだあゆみ、由紀さおりです。

    これまで特に動画サイトなどで彼女(と呼ぶとなんかエラソーですが…便宜上すみません)たちを意識して見たことも無いので、この若い、動く、歌う姿を見たのは初めてです。
    三人三様、それぞれの魅力に酔いました。何回もリピートして見ています。

    それにしても豪華な出演者です。若手からベテラン勢までキラ星のようだし、曲のジャンルも多彩だし、まさにザッツ・エンターテインメント!司会が坂本九というだけでもすごいなぁ、と思っちゃう。総合司会はNHK名物アナウンサーの宮田輝。この名調子が聞けたのも貴重でした。

と、こんな調子でいくらでも感想をだらだらと書き連ねたくなるけれど…越路吹雪が若手に合わせて踊ってるとか、菅原洋一やフランク永井の歌のうまさとか、応援コーナーで三遊亭小圓遊さんが見れたとか、感動ポイントは数え切れませんが…それはまた、別の機会に。

  • 《オリジナル作品アーカイブ#1》 ”Loser’s Paradise in Brookioyn 〜ここには孤独な夢はない〜”

    このブログでは過去の仕事も紹介していますが、同じように、これまでに開催した個展で描いたオリジナルの作品も改めて紹介していこうと思います。

    第一弾の今回は2014年にタンバリンギャラリーで開催した「Loser’s Paradise」です。私と詩人で出版社主宰の佐藤由美子さんの二人展という形での展示でした。

    個展作品はこちら→【オリジナル作品 二人展 “loser’s paradise”より】

    タイトルの「Loser’s Paradise」とはつまり…負け犬たちのパラダイス。負け犬なんていうと自虐的だけど、負け犬、敗者と呼ばれるかもしれない人々が、自分の人生を力強く取り戻す…そんな意味が含まれています。その「場」の象徴がブルックリン。私と佐藤さんがいっとき、ルームシェアをしたゆかりの場所でもあるブルックリンがこの展覧会の舞台になっています。
    このあたりの経緯は、タンバリンギャラリーに佐藤さんが寄せた文章を読んでいただけたら。

    展覧会についてのコメント→【タンバリンギャラリーホームページ】

    今、改めて読むと10年の時を経て、佐藤さんの言葉がリアルに胸に訴えてきます。これからの世界、アメリカはどうなっちゃうんだろう?と、東の小さな国の自分も固唾を飲んで見ているのですから。

    展覧会では、最初に絵を描き、それに合わせて佐藤さんが詩を書いてくれました。その詩は、二人のユニットcity sticksのフェイスブックページでも読んでいただけます。

    絵と詩の掲載はこちら→ 【city sticks フェイスブックページ】
    (詩画集からのピックアップ、という形で14回投稿しています。)

    リンクが多い紹介になっちゃいましたね。でも、リンク先を見ていただくのがいちばん伝わるかな…と思います。コラボレーションの化学反応が、時間をかけて(ルームシェアしたのは展覧会を遡ることさらに10年以上前、2003年か2004年頃です)実った展覧会でした。