2025年3月

  • 《お仕事アーカイブ #8》「フラナリー・オコナー短篇集」装丁イラスト

    久しぶりに今回は「お仕事アーカイブ」です。過去の仕事のなかから、今また見ていただきたいものをピックアップしてご紹介しています。

    で、「フラナリー・オコナー短篇集」の装丁イラストです。
こちらはブックデザイナーさんから、おおまかなモチーフのイメージ(家と木、家と車、南部の雰囲気で、など)とタッチ(筆で描いた線画)の指定があり、それに合わせて描きました。
    私はモノクロイラストを納品し、背景の印象的な赤とブルーはデザイナーさんの指定によるものです。

    *短篇集のあとで、書簡集も同じイメージの装丁で出版されました。

    今私は、翻訳家柴田元幸さんがセレクトした短篇小説集「アメリカン・マスターピース」(戦後篇)を読んでいます。暴力や殺人も登場する、自分とは遠くもあり近くもあるような短篇(頭の中をゴリゴリと刺激され、やっぱり小説って面白いなと感じされてくれる)が、全部で10篇収められていますが、その中にフラナリー・オコナー著「善人はなかなかいない」もありました。

    改めて読み返してみると、この短篇集に私のイラストと装丁デザインが本当にぴったりだったなと感じます。デザイナーさんが私のイラストを最大限に活かしてくださったおかげです。こちらは文庫化もされ、映画「スリー・ビルボード」公開時は、映画中にオコナーの本が登場したことも話題になりました。

    本と一緒に楽しめる装丁。その制作に関われるのは、責任も大きいけれど、やっぱり本当に楽しい仕事だと感じています。

    *それぞれの、扉のイラストも手掛けました。

  • 1963年の紅白歌合戦を見て

    いつか、ひばり、チエミ、いづみの三人娘を描きたい&書きたいと思ってました…って、もったいつけずにサッサと描けばいいんですが。

    先週嬉しいことに、またも「昭和」(38年・第14回)の紅白歌合戦の放送がありました。翌年に東京オリンピックを控えて「未来には希望がいっぱい」という雰囲気に満ち満ちていることにまずは泣けましたが、そう、元祖三人娘(美空ひばり、江利チエミ、雪村いづみ)が揃って登場するのも私には嬉しい見どころでした。(と言いいつつ、すみません、今回はひばりは描いてない)

    私と元祖三人娘との出会いは、池袋の新文芸坐で上映された映画「大当り三色娘」(1957年)でした。宝田明特集の一環で上映されてたのをなんの気なしに見たところ、三人があまりにチャーミングで芸達者なことにブッたまげ、それからDVDで同シリーズの映画「ジャンケン娘」「ロマンス娘」も見て、すっかりファンになりました。
    もちろん、三人がすごいスターだったことは知っていたし、ひばりの活躍はリアルタイムで見てました。でも特に興味を持つきっかけもないまま…だったんですが、若い頃の三人のキラキラのアイドルぶり、それに歌も踊りもめちゃくちゃうまい!ことにびっくりしたわけです。映画のセットも凝っているし、ミュージカル仕立てだったりして、とにかく楽しい、かわいい、夢いっぱい。(昭和30年代のドリーミーさにグッとくるセンサーがある人はぜひ見て!とおすすめしちゃう)

    で、紅白ですね。チエミは司会もこなしつつ「マイ・フェア・レディー」の「踊り明かそう」を、いづみは「思い出のサンフランシスコ」を歌いました。チエミの堂々たる歌いっぷり、全身からにじみ出る明るいムードが大好きです。いづみはダントツでモダンかつスタイリッシュ、まさに「実写版ジュニアそれいゆ」で、眼が離せないくらいキュート。

    昭和30年代のドリーミーさといえば、当時のテレビバラエティ「夢であいましょう」や「シャボン玉ホリデー」も思い浮かびます。これは私がずーっとほんのり憧れ続けている世界のひとつなんですが…第14回は出場歌手のみなさんから、その一端を見せてもらえたような気もしてじんわりと感動しました。応援部隊として、永六輔や黒柳徹子、クレイジーキャッツも登場したりね。

    男性コーラスグループが多数登場するのもよかったな。ダークダックス、ボニージャックス、デューク・エイセス。あと(コーラスグループとはちょっと違うかもだけど)マヒナスターズも。

    イラストはボニージャックスです。ロシア民謡「一週間」が紅白で歌唱されるというのも、今見ると新鮮です。

  • 《オリジナル作品アーカイブ#3》 ”SUNSHADE”

    引き続き、Ben’s Cafeでの個展のことを。と言っても、前回紹介した”Holiday in Hawaii”のことではなく、翌年に開催した”sunshade”という個展のお話です。
    *個展の絵はギャラリーページからご覧いただけます→【オリジナルイラスト】”sunshade”

    「この場所のおかげで絵が描けた!」と思うほどBen’s Cafeが気に入って、”Holiday in Hawaii”終了後、早々に翌年の予約をいれました。作品発表の場としては気楽であることも、カフェとしての居心地の良さも、すべて「描くこと」の大きな助けになると感じていました。

    さぁ、次は何を描こう?そこでまたフッと思い浮かんだのが中学生のころに見せてもらった伯父のアルバム。伯父は戦後間もないころ、東京の米軍将校クラブに出入りしてプロモーターのような仕事をしていました。歌手やダンサーを集めては将校クラブのショーに出演させていたそうです。当時はこんなふうに様々な形で米軍に関わった人、たくさん居たんでしょうね。

    東京でそんなことを続けるうち「沖縄の将校クラブでもやってくれない?」と頼まれ、伯父はチームを組んで沖縄へと馳せ参じ、那覇より少し北上した場所にある「ライカム・オフィサーズ・クラブ」に2ヶ月くらい専属チームとして滞在したのです。その時の写真を写真を一冊のアルバムにまとめていたのでした。(ちなみに、ライカムという地名は今も残っています。)

    家族全員で伯父の家に遊びに来て、夕食もご馳走になったその後、お茶とお菓子などをつまみながら…のタイミングで見せてもらったのを覚えています。アルバムを開くとそこにはエキゾチックな世界が繰り広げられていました。いつも「ここではないどこか」に惹かれてしまって地に足がつかず、現実のクラブ活動とか学校生活にはまるで興味が持てなかったティーンエイジャー時代の私のハートが鷲掴みにされました。

    伯父もどこか浮世離れしている人でーときどきウィンザー&ニュートンのカラーインクなど洒落た画材をプレゼントしてくれたりもしたんですがー「何をしてる人か?」もよく知らない…そんな感じでしたが、そのアルバムを見せてもらって伯父の秘密がちょっと覗けたような気になりました。それもすごく嬉しかったですね。

    そんな鮮明な記憶も、だんだん埋もれて全く思い出しもしなかったのに、「そうだ、あの写真!」とパッと頭の中に蘇りました。あの時空を超えた南国を描きたい。”Holiday in Hawaii”を描いている時はハリー&マックのアルバムが伴走してくれましたが、そこから派生して細野晴臣のトロピカル三部作をこの頃はよく聴いていたので、それも私をエキゾチックなイメージに導いてくれたのかもしれません。

    伯父に連絡を取って事情を話し、アルバムを借りて20年ぶりに見てみると、そこには記憶どおりの世界が私を待っていてくれました。自分の全く知らない場所、現実とはかけ離れているけど「ここに居る気持ちになれるな、これもきっと絵にできるな」と思いました。

    アルバムはすべてモノクロ写真でした。カラーに変換して描くより、このままグレートーンで描いたほうがしっくり来るなと思いました。モノクロの中に見える光と影がとても美しいと感じたので。タイトルの”sunshade”は暑い日差しを遮る日よけ、天蓋のようなものの意味。このタイトルにも明暗、光と影のイメージを込めました。

    苦手と思った人物も、風景と同じ気持ちで取り組むと描けるようになりまた。”sunshade”では絵のサイズはF8のキャンバスに統一して、全部で9枚描きました。このうち半分くらいは人物ありきの絵ですね。DMに描いた女性は松竹ダンシング・チームに所属していたダンサーです。彼女が将校クラブの中庭でくつろいでいる写真をもとに描きました。他にはマジシャンも…これはちょっと不思議な絵かもしれませんが。今だとヘンな分別がついてこういう絵を描くには勇気がいるかな(笑)?当時はノリノリで描きました。実際にショーの色物として出演していた当時売れっ子のマジシャン李彩氏です。

    アルバムを借りた時に、伯父からさらに当時の思い出を聞くこともできました。戦後8年、まだまだ豊かとは程遠い東京とは別世界で、食事にはわらじみたいな大きなステーキやアイスクリームが出てくること、敷地内のレストランの階段脇には天然のペパーミントが群生し、夜は良い香りを放ちそれはそれはロマンチックだったこと…などなど。

    この個展中に、雑誌「イラストレーション」が取材に来てくださり、「風景を描く人」の一人として特集ページに登場させてもらいました。”Holiday in Hawaii”の時には「誰も見にこないし」とちょっとハスに構えていましたが(じっさいは有難いことに多くの方が見に来て下さった)「まさかこんなふうに取り上げてもらえるとは!」と、とても嬉しかったです。
    もちろん、伯父も見に来てくれました。伯父はこの時だけでなく、個展の時はいつも来てくれましたっけ、応援してくれてたんだなぁ。

    最後に、最近描いた晩年の伯父の絵を。7年前に旅立ってしまったけど、あちらに行っても近くに感じる人のひとりです。