映画の中のキモノ

  • 星由里子の着物姿 @「世界大戦争」

    過去ブログの「着物トーク」再掲その4。今回は「世界大戦争」です。2018年に池袋の新文芸坐で「宝田明映画祭」が開催されました。朝ドラ(またまた朝ドラ由来です)の「カーネーション」ですっかり宝田明ファンになった私、当時、映画祭の全上映作品を見に通いました。お世辞抜きでめっちゃ面白くて忘れられない映画ばかりでしたが、その中で着物も見どころだったのが、こちらでした。

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    映画「若大将シリーズ」のマドンナ「澄ちゃん」役の女優さん、と認識していた星由里子。いつもオシャレでかわいい澄ちゃんが、時にパンナムのグランドスタッフ、またある時はワイキキのデパガと時代の最先端の職場で活躍するのを見るのも、若大将シリーズの楽しみのひとつでした。

    先週、新文芸坐で上映された「世界大戦争」(1961年)で初めて澄ちゃん以外の星由里子を見ました。
    この映画、なんと第三次世界大戦が勃発して人類が滅亡してしまうというストーリー。やっと平和と豊かさを取り戻した東京の日常が核戦争に飲込まれてしまうまでを、ある家族の目を通して描いています。その家族の長女を演じるのが星由里子。これがもう、なんともかわいくて可憐なのです。
    もちろんふつうの洋服姿でも登場しますが、印象的なシーンでは着物姿なのが意外でした。ちょっと大仰なタイトルとはミスマッチというか。

    映画の序盤、家で宝田明演じる婚約者を出迎えるときは普段着の着物。ピンクの木綿の着物に赤い半幅帯(元気な文庫結び)、その上に花柄のエプロン。めちゃくちゃお似合いでかわいい!エプロンで手を拭きながら甲斐甲斐しく動く仕草も板に付いてます。まだ二十歳そこそこ、って役どころ、昭和30年代当時はお嬢さんの普段着としての着物もまだまだ健在だったんですね。

    結婚の申し込みリハーサルのシーンで、父親(フランキー堺)の真似をするのもかわいかったなぁ。婚約者(宝田明)とのやりとりにほのぼの。彼もスーツで帰宅後、すぐに着物に着替えます。若い2人がくつろぐ時は着物、ってのがちょっと前(と言うと語弊があるけど)の東京のスタンダードだったなんて。

    やがて戦争の予感が強くなる終盤で、デートに着ていくのがバラ柄の訪問着。「もしかしたら会えるのはこれが最後かも」という気持ちがあるからこその特別なオシャレ。

    白地に大輪のバラがくっきりと染められた訪問着、バラの赤のグラデーションにはところどころ金色も入ってます。帯は朱と金の大きな亀甲柄、帯締めは紅白。お母さんも「一張羅の訪問着」と言っていただけあって、まさに正装!花嫁衣装的な意味も含めたセレクトなのかな。衿はキッチリと合わせて、ほとんど抜かずに着ているのも、この時代のお嬢さんらしさを感じます。

    貧しくはないけど特に裕福でもない、ごくごく普通の家の娘さんなのですが、訪問着(しかも若い時しか着れない柄)一式を持ってるっていうのも時代ゆえなんでしょうか。「これくらいは持たせてあげなきゃ」って、人の良いお父さんが頑張って買ってあげたんだろうな…せっかくの華やかな訪問着を着てる時に、どんどん悲しい結末に向かってしまうという対比。着物も映画の中で大切な役割を演じているように思いました。

  • 奥様のよそ行きと普段着@「お茶漬の味」

    過去ブログのキモノトーク(?)再掲、3回目です。2018年6月から7月にかけて、角川シネマ新宿で小津安二郎の映画7本の4Kデジタル修復版が公開されました。それまで全く小津映画を見たこと無かった(!)ので、これはいい機会だワとせっせと通い、7本全部を見ました。

    アラフィフでの初鑑賞は、結果どれもすごく面白かったです。あぁ、なんで今まで見なかったんでしょうね〜。度々目に入る小津映画のスチール写真なんかはとても端正で、そこから「折り目正しくて固そう?」ってイメージが先行してしまったというか…なんとなく古臭くて窮屈な世界なんじゃないの?と勝手に思い込んでいたんですね。あーもったいない。

    もちろん時代的に古い価値観が多少フォーマットとしてあるけど、描かれる内容はいたって普遍的だし、多くを語りすぎることなく全体的にドライな印象で、共感できる部分がすごく多かったです。そしてそう、端正すぎてむしろ怖いと感じたシーンは映画として見ると本当に美しく、その心地よさに感動しました。

    7本の中でとくに好きだったのは「東京物語」、「浮草」、「お茶漬の味」。(あ、でも短期間に集中して見たので「東京物語」以外の「笠智衆&原節子」のものは印象がごっちゃになってしまった…ってのもあるかも。)

    この中で着物がたくさん見れる楽しみもあったのが「お茶漬の味」でした。リッチな奥様の着物の日常はちょっとした別世界でわくわく。お嬢様育ちで遊び好き、いつもわがままいっぱいの奥様(木暮実千代)に対して、旦那様(佐分利信)は田舎育ちで質素で穏やか…このちぐはぐな夫婦の物語です。

    この奥様、妙子が銀座に行くところから映画は始まります。このとき着ているのは亀甲柄の着物。学生時代の友人、アヤ(淡島千景)の洋装店を訪れるシーンです。この亀甲柄、裾に向かって模様が大きくなっていく、ちょっと奇抜なデザイン。(私には「ハチミツ柄」にしか見えないけど…。)ん?これ反物だとどういう状態でしょう、普通に裁ってこうなるの?

    この大胆な柄が、堂々たる雰囲気の木暮実千代には良く似合ってます。妙子はショーウィンドウの上の商品(香水瓶?)をパッと手に取って、売り子に「これちょうだい、包んどいて」と。この立居振る舞いと言い方だけで、彼女の生活や人となりが分るのです。

    銀座から戻り、家では格子柄の着物。カジュアルな柄にホッとするけど、帯がまた素敵なんです。デザイン化された植物のような柄。えー、私だったらこれで堂々とお出かけしちゃうなぁ。

    「今日は帝劇、明日は三越」(この例えも古いですね)を地で行く妙子。アヤや姪の節子(津馬恵子)たちとの修善寺旅行から帰るとすぐに野球観戦へ。後楽園球場のナイターにはこんな涼しげでモダンな着物で。ナイターにもおしゃれ着物…すごいなぁ。お出かけの時はいつも手袋をしていますが、この時は黒いレースのもので、それも素敵なアクセントになっていました。

    自宅に戻って着替えずに姪の節子にお見合いを勧めるシーン。ここで妙子の部屋が映ります。大きな花柄の壁紙に、やはり花柄のソファー一式。うわー、デコラティブ。昭和20年代でもこんな部屋のある家があったのか…(というか、この時代の日本映画ではしばしば過剰に洋風の家が登場しますが、これは現実には無い豊かさへの憧れの一端だったのかな)ヨーロッパ調にまとめられた部屋には東郷青児(ふう?)の絵も。何かあるとここで煙草を吸ったり雑誌を見たり、この部屋は妙子が逃げ込む場所でもあり、いつまでも娘時代のわがままを通したい妙子の象徴のように見えます。

    節子のお見合いに立会う時や、一等の展望車で旅行に行く時には華やかな訪問着。タイミング悪く出かけてしまった勝手をアヤに責められて、ふてくされながら手袋を脱ぐシーンも印象的でした。

    木暮実千代という女優も、古い映画を見るようになってから知りました。(子供のころ、母の婦人雑誌で見たような気も)最初に見たのは「香港の夜」のヒロインの母親(中年婦人)役でした。すごい美人ってわけじゃないけど、艶っぽくて、どっしりした存在感がありますね。若い時にはどんな感じだったんだろ?と思っていたら、先日見た「酔いどれ天使」ではヤクザの親分の情婦役で登場していました。ビッチな役どころがピッタリで、毛皮のコートもよくお似合いでした。(本領発揮?)

    ラストシーン手前で、ちぐはぐな結婚生活から一変、生まれ変わったような心境の妙子が家で楽しげにアヤたちとおしゃべりをするシーンでは、着物もくつろいだ絣。地味な絣柄も何となく華やいで見えるのがさすがの女優力ですね。

    本筋とはあまり関係無いけど、この「友人+姪」のメンバーでおしゃべりしたり、出かけたりする何気ないシーンの数々がすごく楽しくて、映画に華を添えてます。「ジャンギャバン?ああいうのが好きなの?」なんてセリフとか、修善寺温泉の旅行なんて女学生そのもの。こういうの見ると、女子会は今も昔も変わらないんだな~とほのぼのしました。あっ、修善寺の旅館の浴衣がこんなひょうたん柄でこれもかわいかったです。節子を演じた初々しい津馬恵子。

    津島恵子が全編とってもチャーミング!のびのび明るいお嬢さん役がすごく良いアクセントに思えました。妙子の夫婦間がどんどん冷えきって行くのと同時進行で節子にも結婚問題が持ち上がりますが、「お見合い結婚なんてイヤッ」と自分の幸せを一生懸命探す姿がとても良かったです。

    鶴田浩二演じる「のんちゃん」と、ラーメンを食べながらお見合いについて語り合うシーンなんて、2人ともほんとかわいい。ここ大好きです。(ラーメン屋のBGMもまたセンスいい!)のんちゃんが気負い無く語る「大きな神様から見たら(お見合いで結婚しようが、恋愛結婚だろうが)どっちも同じ、ボクは簡単主義だなァ」の一連のセリフにも膝を打ちました。

    あちこち話が飛んでしましましたが、着物に戻ると…

    日常的に着物を着ていた時代には、普段着とよそ行きの区別が分りやすくて、なるほどな〜って思いました。私、理屈では分っても、どうも着物の格の扱い(正統派の)が腑に落ちないことがたびたびあります。

    それは、今は「着物」ってだけで、すでによそ行きの感じがあるから。昔の(本来の)定義よりどんな着物でもワンランク格が上みたいな感覚になります。今は木綿の着物でもコーディネート次第でお出かけ着だし。(私もそうです。それで劇場や気取ったレストランなんかには行かないにしても…)

    でも、それでいいんじゃないかなと昔の着こなしを見て改めて思いました。だって、映画の中ではお出かけの洋服はワンピースだけど、今はジーンズで銀座歩くの普通だもんね。フォーマルな場じゃなければ、好きなように着物を着れる今は幸せ、と思います。私は「固く考えすぎず、好きなスタイルでどんどん着たほうがいいよね主義」だわァ。(のんちゃん調で)

    そして、小津映画との出会いがとても幸せな形だったことにも感謝。いいタイミングで見れました。

  • 高峰秀子と草笛光子の着物姿@「放浪記」

    過去のブログは閉鎖しましたが、そこに書いていた「映画の中の着物」の記事だけ、こちらにぽつぽつ再録していきます。着物熱が沸騰していた時期に書いたので、カッカしてます(笑)。合わせて、張り切ってイラストも描いたのでこちらも見ていただけたら嬉しいです。

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    文芸作品の誉れ高い「放浪記」…と、ぼんやり知ってはいましたが、林芙美子の原作を読んだこともなければ、成瀬巳喜男監督の映画を意識して見たこともない私。

    それでもたまたま、これも池袋の新文芸座で観たらとても面白かった。林芙美子の生き様が強烈で、それを演じる高峰秀子に圧倒されました。見どころがたくさんある名作なのでしょうが、ここでは着物のことを。

    まぁ、高峰秀子と草笛光子の着物合戦が鮮やかで。2人の全く違う装いがまた見たくてDVDで見直してしまいました。今まで昭和の名作と言われる映画にあまり興味がなかったのに、急にがぜん面白く感じるようになった理由のひとつが「着物」なのです。自分が着るようになったら、もう、いろんな着物が見たくてしょうがない。で、この映画の舞台は昭和初期なので、当然普段着もよそ行きも様々な着物のオンパレードです。こりゃ楽しい。

    高峰秀子演じる林芙美子は、貧乏のどん底で女工やカフェの女給をしながら詩や童話の創作をし続けている、絵に描いたような苦境の作家。これでもか!というほど田舎臭くて貧乏で…見てるこっちが暗い気持ちになるほど。

    それに対して草笛光子演じる日夏京子は、同じく詩人だけど堂々たる美人として描かれています。しかもリッチで余裕のある立居振る舞い。

    いっつもブスッとした仏頂面で猫背。全身で非美人オーラ前全開の芙美子と、シュッとした美人の京子。この対比がそのまま2人の着姿に現れています。芙美子はたいてい絣をグズグズに来崩していて、京子は華やかな小紋をピシッと、それこそ着付けの教科書みたいに美しく身にまとっています。スラリとした草笛光子のスタイルの良さも、もちろん功を奏しているんですが。

    男の部屋で鉢合わせするところから、2人の関係は始まります。先に部屋に居た京子は、めいっぱいオシャレしていて白黒の画面からでも艶やかさが伝わるようです。大胆な波柄の羽織がとくに素敵。

    いっぽう、スキ焼き屋のバイトから帰って来た芙美子は日本髪を結っていて、これがまた輪をかけて田舎臭くブスに見せてる(本当にブスに見えるのがさすが)。羽織もなんか半纏っぽくて垢抜けない、あぁ〜残念…

    ほどなく2人は詩人同士として、芙美子が働くカフェで再会。女給の芙美子の白いエプロン姿は森光子を彷彿と…いや、実際の舞台を見たことないけど、こんな出立ちでお盆持って踊ってるのをテレビで度々見かけました。京子は幾何学的な花柄の小紋に、竹が描かれた帯。この組み合わせもかっこいいなー。「2人で詩の雑誌を作ろう!」と盛り上がります。(余談ですがここで登場する詩人、白坂五郎役の伊藤雄之助が好きでした。非二枚目枠だけど。)

    やがて小説で競い合うことになる2人。ライバルとしてバチッと視線を合わせるシーンです。座る時もクシャッと年寄りみたいな姿勢の芙美子。

    高峰秀子のエッセイ集「忍ばずの女」を読んだら、役作りで姿勢を研究するときは整形外科医に教えを乞うことにしてる、と綴られていました。私は高峰秀子主演の映画はずいぶん前に「二十四の瞳」を見ただけ。あの若い先生のイメージそのままに、たおやかでなんとなく苦労知らずの女優さんというイメージを勝手に抱いていましたが、文章の端々から演じることに命がけな女優魂が伝わってきて驚きました。「放浪記」の時もさもありなん。

    そして書きあがった小説を京子が芙美子に預けに来ます。総絞りの着物でいつも以上にゴージャスな京子と、庭でタスキがけで洗濯をしている芙美子。これから婚約者の両親に会いに行くところ、と告げる京子。以前「あんなのが欲しい」と芙美子が憧れていたショールも持っている。満たされてるなぁ〜…夫ともうまく行かない芙美子とは何から何まで違う。

    ラスト近く、2人が顔を合わせる最後のシーン。京子はよろけ縞の夏着物に鉄線柄の帯で、いい女ムードたっぷり。私はこれが京子に一番似合っていると思いました。ハッキリした目鼻立ちで、男顔の草笛光子には大胆な柄がピッタリ、素敵に映えますねぇ。芙美子はダラッとした浴衣姿、相変わらず帯も適当にグルグルッと巻いてる感じ。

    最初から最後まで芙美子はふてぶてしくて図太くて…一筋縄では行かないアクの強い作家像が見事に描かれていました。「忍ばずの女」によれば、着物やヘアスタイルにメイクなど全て、高峰秀子自身が林芙美子をどう演じるかを考えて決めたそう。終始、書くことと恋愛に入れあげてる姿の鮮烈さはそこから生まれていたんですね。

    おまけに。「この映画の中からどれか一着、貰えるとしたらどれ?」と聞かれたら…そりゃ芙美子が作家として大成したラストシーンで着てた結城紬だよ〜と答えますが、これじゃなかったら、貧しい時代の絣の着物がいいな。あ、と思う魅力的な柄がたびたび登場しました。合わせる帯を工夫して、こんなのをしゃきっと着てみたい。普段着の着物の織り模様の美しさに、とても惹かれます。

  • 高峰秀子の縞の着物@「女が階段を上る時」

    エッセイを読んだら、着物に相当なこだわりがありそうな高峰秀子。彼女が衣装を担当し、バーのママを演じている映画と知り興味津々でDVDを見ました。「放浪記」の非美人オーラ全開ぶりとはどれくらい違うんだろう…?

    高峰秀子演じる銀座のバーの雇われママ、圭子は水商売っ気があんまり無く、色仕掛けのあざとさなどとは無縁の雰囲気。あれ?夜の女王をゴージャスに演じてるのかと期待した私はちょっぴり肩すかしをくらった気分…いや、むしろ型にハマることなく、高峰秀子ならではの知性と上品さが生きる圭子ママは話が進むにつれ、どんどん魅力と美しさが増す女性なのでした。

    そして見どころのひとつ、セレクトされる着物も品が良くて、着こなしも含めて玄人さんぽくない。特に縞柄がお好みで、それもいかにも粋を狙うんじゃないおとなしい縞がほとんどでした。

    そんな圭子ママの趣味を印象づけるべく、最初のほうに「ママってほんとうに縞が似合うわ~」と別の店のママに褒められるシーンがあります。圭子のライバルであり友人でもある淡路恵子演じるユリの店でのひとこまです。

    話はそれますが、淡路恵子の若い頃の美しさは格別!だと思います。たいてい水商売か、進歩的な都会の女性の役で登場しますね。どんな場面でも淡路恵子が登場するとパーッとその場が華やかな別世界に塗り替えられるように感じて、その時はいつも心の中で拍手喝采。今回、2人のママが喫茶店でくつろぐシーンでは、煙草を持つ手でシュガーポットの砂糖をコーヒーに入れて、スプーンをかき回す流れるような一連の手の動きがあまりに美しくて見とれてしまいました。

    …あ、いけない、圭子ママの話でした。喫茶店の前には馴染みの呉服屋に寄って「クリスマスに間に合うように新しいのを作りたいけど・・・」と反物を広げて品定めをしたりして。手に取るのはやっぱり縞なんですね~。出勤前の銀座のひと時です。

    水商売の世界にずっと違和感を感じながらも、売り上げアップのために奔走する圭子。店のオーナーの大ママからは「その着物、ちょっと地味じゃないの」とダメ出しされるし、いろいろ苦労が絶えません。上前と下前を違う生地で仕立てるのって、この頃から普通に(?)あったんですね。私には奇抜でじゅうぶん派手に思えるけど…。

    この時、お客で来てるのは加東大介演じる小さな町工場の社長。加東大介も、古い映画を見るようになって初めて知った俳優です。何か映画を見るたび登場すると言ってもいいくらい、様々な役で登場します。一度見たら忘れられない顔だし、善人も悪人も、金持ちも貧乏人も、どれを演じても馴染むからすごいな~と思ってました。ググってみたら梨園がらみの役者一家の出と知ってビックリ(沢村貞子の弟で津川雅彦の伯父さんだったとは)。この映画でも、またすごくイイ役なんですよね~。

    夜の世界に染まりきれない役どころゆえか、リッチな自宅で普段着の着物(これも縞)+半纏の上からエプロン姿のほうがしっくり来る圭子ママ。団令子演じる店の女の子に朝食を作ってあげて、いっしょに食べながら恋愛観や亡くなった夫のことを語るシーンが好きでした。時々、こんなふうに華やかな表の顔じゃない部分が挟まれ、グッと来るのです。養わなきゃいけない家族が居ることなど、背負ってるものもだんだん見えてくる。

    …と言っても、映画の中心はもちろんバー。葛藤を抱えつつ、ママ道を誇り高く行く圭子の姿がいい。上品できりりとした縞の着物が彼女そのものなのですね。店の中の人間関係や、行き来するお客のさまざまな生き様が描かれ(マネージャー役のフレッシュな仲代達矢はカッコいいし、大旦那って感じの中村鴈治郎もさすがの貫禄)当時の銀座のバーという大人文化を垣間見れるのも楽しいです。

    いろんな店があったんだろうけど、手の届かない高嶺の花と言うより、わりと誰でも気軽に楽しめる社交場って印象でした。圭子ママとユリママの店に飲みに行きたいわ(映画の中では女のお客なんて居なかったけど)。お洒落でホロ苦い大人の映画でした。